眠れないのでブログの更新でも思ったけど、この土日ではそれほど書くことは無い。
ということで、以前からやろうと思っていた「歴代の愛車(オートバイ、自動車)のまとめ」を実施する。
温故知新というやつである。(?)
■HONDA NS-1.
2001年1月、高校三年生の頃。
人生で初めて購入したエンジン付きの乗り物。
いろいろあって当時の私の「自分の愛車を入手する事」への渇望ときたら、鬼気迫るものがあった。
とにかく「最短ルートで、最も所有感のある車種を」ということで選んだのが、これ。
即、原付免許(一日で取れる)を取りに行き、即、買いに行った。
「フルサイズ50cc」の謳い文句で紹介される事の多い車種だけあって、当時まわりの人に「これ原付です」といってもなかなか信じてもらえなかった。
しかしエンジン性能については、原付の規制値いっぱいの7.2psとはいえ、原付は原付。
発進時に10,000回転まで回してクラッチはじっくりと繋ぐ…つまり最もパワーを搾り出して発進しても、普通に走り出した中型車や自動車に追い抜かれていく事の方が多かった。
ただ、それ故常に「エンジン性能の最善箇所を模索し続ける走り」を続けた結果、後のオートバイや自動車を快適に操る上で大いに役に立つスキルを身につけることが出来た。
2002年の3月に、「普通自動二輪免許」を取得。同時にNS-1は故障箇所が多くなってきていた。
同年6月、NS-1を完全な状態にする為の修理費の概算は10万近くとなっていた。
当時、新旧の250ccクラスの中古車が山の様に売られていた時代。
いよいよ中型車へのステップアップのタイミングが来たと判断。
2002年6月、NS-1は手放すことにし、近所のバイク屋「ライダース湘南」へと売却した。
残念ながら写真は一枚も残ってなく、画像は以前拾った広告のもので、私が所有していたのはこの画像のドヤ顔のおにいさんが乗っているのと同じ色である。
■HONDA VT250SPADA.
2002年7月、大学二年生の頃。
NS-1を売却した時の現金と7月に入ったバイト代を合わせると、そこそこの中型車を購入できる金額が貯まっていた。
その金を握り締めライダース湘南へ行くと、そこにこのSPADAは有った。
店主に値段を聞くと、諸費用込みで10万でいいという。
1988年~91年のモデルであるため当時で11年以上落ちとなる上、33,000km程走っているからその程度の価格になるのだとか。
しかし超長寿命を誇るVTエンジン。この程度の走行距離などむしろ低走行車のうちともいえる。
セル一発始動という好調ぶりであった。
その他各部も数点の消耗品を交換して店で簡単な整備を行うだけで、いつでも走り出せる状態となっていた。
よって、即決で購入。
初の中型車である。
現時点で、最も長く所有し、最も長い距離を走り、最も多くの改造をし、最も維持費をかけたのが、このSPADAである。
エンジンは定評どおり、4万km程、つまりトータルで7万kmあまり走ってもノートラブルであった。
所有していた期間は周りの友人達もオートバイに乗り始めていたこともあり、あらゆる点において最も充実したオートバイ生活を共にした、最も思い出深い車両となった。
2006年12月、後述するDR-Z400SM購入時に弟に譲り、SPADAは私の手元を離れる。
■SUZUKI WOLF50.
2006年2月。
諸事情により、あえて原付(50cc)の車両が必要となった。
その当時まだVT250SPADAは現役であったが、流石に原付へ乗り換えるという事には出来ない。「SPADAは維持したまま安価な原付を」ということで白羽の矢が立ったのが、ライダース湘南にて7万円で売り出されていたこのWOLF50である。
これもNS-1よろしくフルサイズにて原付最大の出力を誇る車種で、細部のフィーリングは異にするとはいえ概ねNS-1と特性は似ていた。
久々に「常に性能を搾り出す走り」を楽しんでいたが、あまり状態はよろしくなく、何故か長時間走行するとエンジンが停止する原因不明の病を抱えていた。
遊びで乗るのであれば、じっくりと手をかけ続けて楽しむところであったが、原付の使用目的が「片道70kmあまりの往復」であったため後述するGS50への乗り換えを実施する事に。
2002年4月、WOLF50は父親へと譲る事となった。
■SUZUKI GS50.
2006年4月。
WOLF50に代わり、「原付長距離往復」に堪え得る車種として選んだのがこのGS50。
人生初の「新車」である。
エンジンはNS-1やWOLF50のような2ストロークエンジンではなく、スズキの実用車「Birdie(スズキ版のカブ)」と同型の4ストロークエンジンを搭載。
当然出力は5.0psと低いが(とはいえ4ストとしてはなかなか頑張っている)、扱い易さと燃費の良さが、まさに用途に適していた。
同年12月、原付による長距離往復を終えると同時に退役。
父親がWOLF50に代って通勤に使うこととなった。
■SUZUKI DR-Z400SM.
2006年12月。
SPADAでは難しかった林道等の未舗装路の探索を可能とし、尚且つ舗装路での走行性能も高い車種を求めた結果がDR-Z400SMであった。
オフロードバイクの車体にオンロード用の足回りという、言わば「オンとオフの合いの子」である。
尚DR-Z400SMの「SM」とは、このスタイルの由来である「スーパー・モタード(舗装路区間と未舗装路区間両方をコースに含むレース及びその競技車両)」の略称である。
よく使用される二元論とは一切関係は無い。
軽量な車体と、完成度の高いエンジン、市販車最高級クラスの足回りが相まって、走行性能はかなりのものであった。
加速性能は、停止状態から時速100kmに到達するまでの時間が4.0秒前後。これは自動車でいうとロータスのエキシージやポルシェの911カレラを凌駕していた。
コーナリング性能も抜群で、峠では友人の YAMAHA YZF-R1(国産市販車両中最もガチなクラスのオートバイ)も上りと下りで余裕で付いて行く事が出来た。
2010年7月、諸事情により手放すことに。
■SUZUKI Cappuccino.
2008年4月、諸事情(何回目だ)によりそれまで制限されていた自動車の購入が可能となった。
当時の私は何故か「出来る男は小さい車に乗る」という謎の観念があったことと、軽自動車ながらバブル期に企画、設計された「スペシャリティー」な性能を誇っている事が決め手となり、カプチーノ(写真手前)を選択する事になった。
人生初の、そして現状唯一私が所有した自動車である。
ちなみにオートバイを合わせると4台連続の「スズキ自動車製」の車両であり、周囲からは某掲示板でいうところの「鈴菌」に感染してしまった者として扱われていた。
ミッションは5速のマニュアルシフト。
2シーターであったが、その分ほとんどフロントミッドシップに近いエンジンレイアウトを実現したFRということで、本当に操るのが楽しい自動車であった。
尚、カプチーノを所有していた当時はDR-Z400SMも所有しており、自転車もマウンテンバイク1台、ロードバイク(これは今も乗っている)1台と、計10輪の乗り物を所有するという、今思えば個人的にプチバブルな状態となっていた。
購入した当時、世の中がちょうどリーマンショック前だったというのも、何となく因果な何かを感じるところである。
2009年8月、諸事情により手放すことに。
■HONDA GB250CLUBMAN .
2011年4月。
2010年7月にDR-Z400SMを手放した際にオートバイも自動車も無い状態に陥ったが、9ヶ月の時を経てようやくオートバイに復帰する事になり、その時選んだのが、このCLUBMANである。
これまで所有してきた中では圧倒的に古典的な、「ザ・オートバイ」と言わんばかりのスタイル。
しかしこのまとまりのあるデザインと名前は今でも一番気に入っていて、新車で再販、あるいは後継車種(出来れば400ccが良い)が販売されたら買い換えたい。
性能はDR-Z400SMはおろか、VT250SPADAと比べても大人しい部類であったが、まったり走っていてもなんとなく楽しい気分になれる不思議なオートバイであった。
同年10月、今も住む蕨の自宅へ戻る途中に横浜新道で突然エンジン停止。死ぬかと思った。
購入した店に回収してもらい、点検も行ってもらったが原因は不明。
保証期間内であったため、大幅な下取り価格を以って後述するVTRへの買い替えを行う事になった。
■HONDA VTR.
2011年10月、CLUBMANからの買い替えにて選択。
せっかく買い換えるなら、という事で少しパフォーマンスの高く、それでいて信頼性の高い車種(CLUBMANで若干トラウマになってたから)を選んだ結果である。
性能は、ジムカーナで好成績を納める車両だけあって、中低速の操作性は驚くほど高い。
信頼性は、エンジンが何といっても一部で「250ccのカブ」とか「オーパーツ」とか言われ、そしてVT250SPADAと同じ「VTエンジン」であるので最早説明不要。
主に「辻堂~蕨間往復マシーン」として、目下現役稼働中の車両である。
購入時で既に400ccの車種や更に大排気量の大型車への買い替えまでの繋ぎとして考えていたが、現在はその他の(オートバイ以外の)活動が活性化してきている点や、将来への貯蓄を優先する為に買い替えの予定は無し。
■いちおう.
2013年5月18日、宇都宮。
昔の職場の先輩(何故か那須に異動した)達と飲み会でした。
多分、宇都宮に行って餃子を食べなかったのはこの日が初めてかとw
ちょっともったいない気分。
2013年5月19日、荒川沿いのサイクリングロード。
前回失敗した「荒川遡上」にリベンジすべく、再度トライ!
ようやく彩湖周辺から行き止まることなく北上できるルートを発見したものの、途中雨が降り出して戻る事に。
引き返した地点は、サイクリングロードが田畑のど真ん中に迂回するルートの途中。
Tour de France や Paris Roubaix によく出てくるシチュエーションである!
ただし路面はパヴェ(石畳み)では無かった。いや、その方がいいんだけども。









