最初のふたり旅は伊豆大島でした。
2023年 1/13~1/15の二泊三日の旅。
これは加藤さんが誘った旅で、その打診をされたのは、1/9だったかな。
なにやら旅行クーポンの期限が切れるからその前に行こうとか、そんな話だった。
かなり面食らったものです。
はじめてのお泊り旅行が行ったこともない大島??って。
夜、竹芝桟橋から、東海汽船の船に乗って、横浜経由で一泊かけていくという。
加藤さんより私の仕事終わりの方が早いので、友人?とご飯食べて待っていました。
銀座で会って、タクシーで浜松町行ったんだっけな。
場所はここだったような?
ほらね、一年経つとうろ覚え。
写真も一枚しかないもので、もはやどこだかわからない。
友人?と別れ、フェリー乗り場で加藤さんとは落ち合って、乗船。
冬だけど、暖かい日で、甲板に出ていても問題なかった。
しばらくすると、横浜に着く。
船でヨコハマってなんか、ロマンチック。
船は意外と揺れたけど、加藤さんがくれたアネロンという酔い止め薬のせいで、酔わずに済んだ。
このアネロン、ことあるごとに登場するから覚えておいてね。
とにかくものすごく効く酔い止め薬で、船旅やシュノーケルやる人にとっては常識らしい。
お陰でかなりぐっすり眠り、朝には大島到着。
が!しかし大雨。
レンタカーを借り、傘をさして散歩をするもどうにもうら寂しい感じ。
この時、初めて加藤さんが運転する車に乗ったのだった。
運転は上手で、子供のころはパイロットになりたかったなどと語っていたっけ。
蒸気で曇るフロントガラスを手の甲でノロノロ拭っていたのが印象的だった。
いや、腕が長いな、って私は思ったのだ。
というか、土砂降りでは何もすることがないんですけど。
ドライブするも、雨、雨、雨。
血のように真っ赤な椿が随所に落ちてぬらぬらと光るばかり。
昼ご飯は 鮨 陽宝丸 さんへ。
これがびっくりするほど美味しかった。
私は若い板さんに「何もなくてつまらぬ島ですね!」と毒づいてしまい、板さんはダイビングの予約などとってくれようとしたけど、この雨ではどこも開催してなくて。。
でもまあ、この「べっこう鮨」を食べただけでも来た甲斐あったというもの。
それくらい美味しいです。
あ、この板さんに「おふたりは先輩・後輩なんですか?」と聞かれたことがなんか印象に残ってます。
あと、板さんのダイビング話も面白かったような。
大島行ったら情報収集にまずここ寄るのお薦め。
その後、昭和っぽい街並みを抜け、宿に。
はぶの家というところでした。
夕食も豪華で、直前にてきとうに取ったにしては素晴らしいところ。
翌日は三原山の裏砂漠を散策。
雨は小ぶりで、なかなか雄大な景色だったけど、どうにも陰鬱。
とりあえず、もく星号墜落事後現場までは行ったかな。
そうこうしているうちに帰りの船の時間が迫り、火山岩の道を走って帰る。
この時初めて加藤さんの前で走ったかな。
というか、2020年の手術後、久々に走った。
車に乗って島を走る途中、今まで自分自身がバカにしていた男たちのような行動を自分が取っている、などと加藤さんが話していたっけ。
我々はジェンダー論的な話をすることも多いのだけど、この辺で新たな展開があったのだったな。
仄暗い紺色の部屋での話。
埠頭でアイスクリームを食べ、乗船。
帰りは高速フェリーを使ったので、早かった。
でも、私はなぜか体調を崩して(というか、この系の不調は「仮病」と呼ばれている。これも今後何回も出てくるだろう)船の中でグズってました。
帰り、それでも、どこかの駅ビルでラーメン食べた気がする。
そして解散。
その後、高橋たか子の「誘惑者」って小説読みました。
伊豆大島って「最盛期」には二年間で1000人もの自殺者が居たところなのです。
酷いときは一日何人も死んでいるわけですよ。
陰鬱なわけですね。
小説自体も暗くて冗長で、でも、私、この作家割と好きなのです。
女の悪意を書かせたら右に出る者は居ないんじゃないかな。
もはや高橋和巳の嫁、としか知られていないのが残念。(というか、高橋和巳自体も知られてない?)
今、こんなメンドクサイ小説書いても誰も読まないし、全く売れないだろうな、と思うと、嘆かわしいものがある。
小説の描写は色々と凄まじくて、船は爆揺れでみんな洗面器抱えてゲロ吐いているし、そこから火口まで自殺しに行くのも大変だし、昭和8年とかによくぞそこまで手間暇かけて大量に自殺したものだ、と呆れるばかり。
単純に疑問なのですが、家のクローゼットで首吊ったのではダメだったのでしょうか?
やはり「首吊りがベスト!」と言い切った「完全自殺マニュアル」の刊行が自殺の敷居を低くしたような気がする。
あ、そもそも、大島の観光業にとっては、あんまりこの話を蒸し返さないほうがいいのかも。
それではこの辺で。

















