今日は朝から箱根駅伝を観ていました。
昨日やってた実業団駅伝や、都道府県対抗駅伝、
外国の選手が集まる国際駅伝など、他にも駅伝はたくさん
ありますが、あまり興味がないので観ません。
箱根駅伝は特別な感じがします。
正月の風物詩的なイメージがあって毎年観ているから、
そう感じるだけなのでしょうか?
おそらく、走っている選手の必死さをものすごく感じることが
できる、リアルな感動を得られるからだと思います。
他の駅伝に出場している選手が必死じゃないという
わけではないんですが、箱根を走っている選手には、
大げさですが今日が人生の最後のような覚悟を感じます。
実際は、3年生以下はまた来年あるだろうし、
箱根じゃなくても、オリンピックを目指したりして社会人に
なっても走り続ける選手はいるんだろうけど、
観ているほうはそこまでわかりません。
たすきを渡して倒れこむ選手は一人や二人じゃないし、
今日の順天堂大学の5区の選手はあと約500mのところで
棄権してしまいましたが、足がもつれて倒れ、
立てなくなるまで走っていました。
役員や監督が止めなければ、はってでもゴールまで
たどり着いたんじゃないでしょうか。
私は自分をそこまで追い込んでいるでしょうか?
答えは明らかです・・・。
このままでは、30代を終えたとき、走り切ったぞ!・・・という
満足を得ることはできないでしょう。
経験や知識など精神論でどうこうできないこともありますが、
私はそれ以前の、気持ちがまだまだ全然足りないことを
感じさせられます。
もっと必死になってくれ・・・。
もう一つ、箱根駅伝を観ていて感じたことは、仲間の存在です。
レースは一人で走るものだけど、中継所でたすきを待っている仲間、
日々の練習でお互いを高めあっている仲間がいるから、
あそこまで走れるんだと思います。
自分にもそういう仲間が欲しいなぁ・・・と。
そのためにも、自分をもっと高めないといけません。
だらけた精神でいても、結局そういう仲間しか集まってきません。
与えられるだけで、こちらから与えられるものがなければ、
仲間と認めてもらえません。
仲間を作ること、仲間を作れることができる自分になるのも、
これからの目標かな。