webを徘徊していて、たまたま通りがかったサイトにあった話です。
初出は何年か前みたいなので知ってる方も多いかもしれません。
本当の話か作り話かは定かではありませんが、読んだ後、思い出すと胸が締め付けられるような思いです。
忘れたくない話なのでコピペしておきます。
私の話じゃないので誤解のないように。
==========================================
私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えないほど質素で見映えの悪い物ばかりだった。
友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。
ある朝母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。
私は生返事でそのまま学校へ行き、こっそり中身を確認した。
すると確かに海老が入っていたが殻剥きもめちゃくちゃだし、彩りも悪いし、とても食べられなかった。
家に帰ると母は私に「今日の弁当美味しかった?」としつこく尋ねてきた。
私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから」とついきつく言ってしまった。
母は悲しそうに「気付かなくてごめんね…」と言いそれから弁当を作らなくなった。
それから半年後、母は死んだ。私の知らない病気だった。
母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。
中を見ると弁当のことばかり書いていた。
「手の震えが止まらず上手く卵が焼けない」 日記はあの日で終わっていた。
後悔で涙がこぼれた。
==========================================
そのサイトには他にもたくさんこういう類の話がありましたが、これだけで十分・・・。
悲しすぎてこれ以上たくさんは読めません・・・。
人には他人から見るとなんてことない言動の中に、本人だけしか知らない深い思いがこめられているのかもしれません。
これを書いた後、思い出した文章があったので追記しておきます。
「カシコギ」という本の中の一節だそうです。
あなたが虚しく過ごしたきょうという日は
きのう死んでいったものが
あれほど生きたいと願ったあした
以上です。
初出は何年か前みたいなので知ってる方も多いかもしれません。
本当の話か作り話かは定かではありませんが、読んだ後、思い出すと胸が締め付けられるような思いです。
忘れたくない話なのでコピペしておきます。
私の話じゃないので誤解のないように。
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私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えないほど質素で見映えの悪い物ばかりだった。
友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。
ある朝母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。
私は生返事でそのまま学校へ行き、こっそり中身を確認した。
すると確かに海老が入っていたが殻剥きもめちゃくちゃだし、彩りも悪いし、とても食べられなかった。
家に帰ると母は私に「今日の弁当美味しかった?」としつこく尋ねてきた。
私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから」とついきつく言ってしまった。
母は悲しそうに「気付かなくてごめんね…」と言いそれから弁当を作らなくなった。
それから半年後、母は死んだ。私の知らない病気だった。
母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。
中を見ると弁当のことばかり書いていた。
「手の震えが止まらず上手く卵が焼けない」 日記はあの日で終わっていた。
後悔で涙がこぼれた。
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そのサイトには他にもたくさんこういう類の話がありましたが、これだけで十分・・・。
悲しすぎてこれ以上たくさんは読めません・・・。
人には他人から見るとなんてことない言動の中に、本人だけしか知らない深い思いがこめられているのかもしれません。
これを書いた後、思い出した文章があったので追記しておきます。
「カシコギ」という本の中の一節だそうです。
あなたが虚しく過ごしたきょうという日は
きのう死んでいったものが
あれほど生きたいと願ったあした
以上です。












