みんなお久しぶりです。
元気かな?
毎日みんなのたくさんのコメントやメッセージありがとう。
一つ一つちゃんと目を通しています。
そして、一つ一つお返事していくので、どうか待っていてね。
みんなの気持ちが痛いくらい私に届いています。
ありがとう。
こんな私でもここまで人に相談されるなんて・・
頼りにされているなんて、
期待に応えられるかはわからないし、私の力なんて微々たるもの。
それでもみんなと繋がっていることはできるから。
いつでも相談してきてください。
返事は遅れるかもしれないけど、
私はいつもみんなを見ているよ。
ここに来ればたくさんの仲間がいること。
絶対に忘れないでね。
今日は過去に私が戦っていた
「誰からも振り向かれない恐怖」のこと。
私が過去30回以上もの職を転々していたのには理由がありました。
私はものすごく寂しがりやなのです。
そう見えないと言われるのですが、
ホントは一人が好きじゃない。
でも、職場では一人になることが多かった。
なにも変なことをしているつもりはなく、
ただ普通にしているだけなのに。
「なんて人って冷たいんだ」
人間関係が嫌になり自分の中に閉じこもったことは一度ではありません。
誰からも振り向いてもらえないとき・・
私は、あえてアピールするように、
自分と言う人間の存在を知ってもらいたいかのように
粗暴な行為をするようになった。
上司や気に入らない同僚に対して暴力や暴言、時には泣き寝入りをすることもあった。
自分なりの自己表現。
誰かに見てもらいたくて、
認めてもらいたくて、
些細なことでも怒っていた時期でした。
20歳くらいの頃だった。
私は、急に変わる職場の人間関係の雰囲気についていけなかった。
最初は向うから寄り添ってきて、
仲良くしてくれる。
いや、
仲良くしてくれているつもりでも。
時が経てばだんだんと、離れていき、
必ずと言ってよいほど私の回りには人がいなくなった。
最初は気のせいだと思った。
でもそれが度重なったことで
わかった。
それは気のせいではなく本当なのだと。
でも、その原因が、
「なぜだかわからない」ことが辛く苦しかった。
「なにも悪い事や変なことはしていないのに」
自然とそうなる雰囲気がやりきれなかった。
「なんでだろう?」
本当になにもしていないのです。
でも、回りはどんどん離れていく。
仲良かった人間もだんだん楽しそうな方へいってしまう。
取り残される私、
このよくわからない現象がしばらく続いた。
「気にし過ぎなのかな?」
そう思ったことは一度や二度じゃない。
そういう雰囲気になったとき、
その雰囲気が怖くて、
自然と拒否反応を身体が示すようになった。
「どうせこのままの状況なら戦ってやる」
考え方も変わった。
辞めることを辞さない覚悟でぶつかっていった。
「またどうせ同じことになるんだろう」
私は、働きはじめて数年たったころまでは、
ものすごく仕事に対してはマジメでした。
それでも、元から人と仲良くすることが得意でない私は、
このような人間関係に戸惑った。
みんな、楽しい方へ行ってしまうけど、
その奥に一生懸命頑張ってる陰に隠れた人たちがいることを
知っていても声をかけてあげようともしない。
そういうことが度重なって、
人間不信にもなりました。
調和を重んじること。
それが出来ない人間にもなっていた。
私はこの言葉が正直大嫌い。
曖昧な表現だけど、
一生懸命頑張っている人より、
調和を重んじる人の方が
優先されたり、楽しくしているなんて
私には考えられなかった。
もちろん、調和を重んじる事が大事なのはわかってる、けれどそのために下敷きになっている人間がいるということを忘れるような人間には無性に腹が立つ。
その考えは今となっても変わらないかもしれません。
「誰からも振り向かれない恐怖」
会社や学校などで言うと、無視やシカトという言葉にも当てはまるかもしれません。
私もそれに近い恐怖に怯えていたし、
事実、相手にされない時もあった。
だから私は自分なりの自己表現をした。
けれど誰もがそうじゃない。
そのまま悩み苦しみ自殺を考える子だっている。
人間はそんなに強くない。
たくさんみんなのメッセージを見ていると、色々なことが頭の中で蘇ってきます。
でも大丈夫。私がいます。
つらい経験を乗り越えた逞しい仲間がいます。
同じ境遇の苦しみをわかちあえる仲間がいます。
みんなと一緒に共に前を向いて進んで行こう。
辛い時、苦しい時はいつでもここにきてください。
みんなと出会えたことに、
ありがとう
元気かな?
毎日みんなのたくさんのコメントやメッセージありがとう。
一つ一つちゃんと目を通しています。
そして、一つ一つお返事していくので、どうか待っていてね。
みんなの気持ちが痛いくらい私に届いています。
ありがとう。
こんな私でもここまで人に相談されるなんて・・
頼りにされているなんて、
期待に応えられるかはわからないし、私の力なんて微々たるもの。
それでもみんなと繋がっていることはできるから。
いつでも相談してきてください。
返事は遅れるかもしれないけど、
私はいつもみんなを見ているよ。
ここに来ればたくさんの仲間がいること。
絶対に忘れないでね。
今日は過去に私が戦っていた
「誰からも振り向かれない恐怖」のこと。
私が過去30回以上もの職を転々していたのには理由がありました。
私はものすごく寂しがりやなのです。
そう見えないと言われるのですが、
ホントは一人が好きじゃない。
でも、職場では一人になることが多かった。
なにも変なことをしているつもりはなく、
ただ普通にしているだけなのに。
「なんて人って冷たいんだ」
人間関係が嫌になり自分の中に閉じこもったことは一度ではありません。
誰からも振り向いてもらえないとき・・
私は、あえてアピールするように、
自分と言う人間の存在を知ってもらいたいかのように
粗暴な行為をするようになった。
上司や気に入らない同僚に対して暴力や暴言、時には泣き寝入りをすることもあった。
自分なりの自己表現。
誰かに見てもらいたくて、
認めてもらいたくて、
些細なことでも怒っていた時期でした。
20歳くらいの頃だった。
私は、急に変わる職場の人間関係の雰囲気についていけなかった。
最初は向うから寄り添ってきて、
仲良くしてくれる。
いや、
仲良くしてくれているつもりでも。
時が経てばだんだんと、離れていき、
必ずと言ってよいほど私の回りには人がいなくなった。
最初は気のせいだと思った。
でもそれが度重なったことで
わかった。
それは気のせいではなく本当なのだと。
でも、その原因が、
「なぜだかわからない」ことが辛く苦しかった。
「なにも悪い事や変なことはしていないのに」
自然とそうなる雰囲気がやりきれなかった。
「なんでだろう?」
本当になにもしていないのです。
でも、回りはどんどん離れていく。
仲良かった人間もだんだん楽しそうな方へいってしまう。
取り残される私、
このよくわからない現象がしばらく続いた。
「気にし過ぎなのかな?」
そう思ったことは一度や二度じゃない。
そういう雰囲気になったとき、
その雰囲気が怖くて、
自然と拒否反応を身体が示すようになった。
「どうせこのままの状況なら戦ってやる」
考え方も変わった。
辞めることを辞さない覚悟でぶつかっていった。
「またどうせ同じことになるんだろう」
私は、働きはじめて数年たったころまでは、
ものすごく仕事に対してはマジメでした。
それでも、元から人と仲良くすることが得意でない私は、
このような人間関係に戸惑った。
みんな、楽しい方へ行ってしまうけど、
その奥に一生懸命頑張ってる陰に隠れた人たちがいることを
知っていても声をかけてあげようともしない。
そういうことが度重なって、
人間不信にもなりました。
調和を重んじること。
それが出来ない人間にもなっていた。
私はこの言葉が正直大嫌い。
曖昧な表現だけど、
一生懸命頑張っている人より、
調和を重んじる人の方が
優先されたり、楽しくしているなんて
私には考えられなかった。
もちろん、調和を重んじる事が大事なのはわかってる、けれどそのために下敷きになっている人間がいるということを忘れるような人間には無性に腹が立つ。
その考えは今となっても変わらないかもしれません。
「誰からも振り向かれない恐怖」
会社や学校などで言うと、無視やシカトという言葉にも当てはまるかもしれません。
私もそれに近い恐怖に怯えていたし、
事実、相手にされない時もあった。
だから私は自分なりの自己表現をした。
けれど誰もがそうじゃない。
そのまま悩み苦しみ自殺を考える子だっている。
人間はそんなに強くない。
たくさんみんなのメッセージを見ていると、色々なことが頭の中で蘇ってきます。
でも大丈夫。私がいます。
つらい経験を乗り越えた逞しい仲間がいます。
同じ境遇の苦しみをわかちあえる仲間がいます。
みんなと一緒に共に前を向いて進んで行こう。
辛い時、苦しい時はいつでもここにきてください。
みんなと出会えたことに、
ありがとう