第74話 作品完成
朝焼けの巨大壁。
空は紫からオレンジへ変わり始めていた。
ソウマは最後の線を見つめている。
銀色の“Love letter”。
街の景色と混ざり合う巨大作品。
高架下のヒビ。
商店街のシャッター。
駅裏の古いタグ。
全部が文字の中につながっていた。
ユナが静かに言う。
「…完成したんだね」
ソウマはすぐに答えられなかった。
完成。
その言葉が、まだ信じられない。
第一章。
ただ“かっこいい”と思って見上げていたタグ。
第二章。
自分の名前を書き始めた夜。
第三章。
文字の技術を覚えた日々。
第四章。
“Love letter”の過去を知った瞬間。
全部が、この壁に入っている。
RAVENは作品を見上げたまま言う。
「兄貴でも、ここまでは描けなかった」
ソウマが振り向く。
RAVENは少し笑っていた。
悔しさと、嬉しさが混ざった顔。
その時。
NOXが壁の前へ歩いてくる。
白いマスク。
黒いコート。
でも今日は、威圧感が少し違った。
NOXは作品を見る。
長い沈黙。
やがて、小さく言った。
「完成させたか」
敵だった。
何度もぶつかった。
でも今、その声には怒りがなかった。
TRACEが自転車にもたれながら笑う。
「やっと終わったな」
しかしNOXは首を振る。
「いや、まだだ」
空気が変わる。
NOXは巨大壁の中央を指差す。
そこには、まだ一箇所だけ空白が残っていた。
ユナが気づく。
「…王冠の中?」
ソウマも息をのむ。
確かに、一番上の王冠部分だけ未完成。
するとNOXは、ゆっくりマスクへ手をかけた。
カズさんが目を見開く。
RAVENの表情も固まる。
そしてマスクが外れる。
ソウマの呼吸が止まった。
そこにいたのは――
昔、写真の中で笑っていた男。
RAVENの兄だった。
ユナが震える。
「え…」
死んだと聞かされていた。
街から消えた伝説のライター。
その正体がNOXだった。
RAVENが怒鳴る。
「なんでだよ!!」
兄は静かに壁を見る。
「“Love letter”を終わらせたくなかった」
街は変わる。
作品は消される。
仲間も離れる。
だから嫌われ役になってでも、“続きを描くやつ”を待っていた。
そして選ばれたのが、ソウマだった。
ソウマの頭に、幼い日の記憶が戻る。
小さな自分。
巨大壁。
笑う兄。
渡される銀缶。
『いつか続きを描け』
全部つながった。
NOX――いや、兄は銀缶をソウマへ渡す。
「最後は、お前が描け」
王冠の中央。
最後の空白。
ソウマは震える手で缶を握る。
そして描いた。
小さな文字。
『NEXT』
その瞬間。
朝日が巨大壁全体を照らした。
銀。
紫。
黒。
全部の色が一つになる。
“Love letter”。
それは落書きじゃない。
街から街へ受け継がれる、“次の誰かへの手紙”だった。