朝。

空はまだ少し白く、町は静かだった。


ソウマは始発の電車に乗っていた。

学校の遠足で、少し遠くの町へ行く日だった。


ガタン、ゴトン。


電車が動き出すと、ソウマは窓の外をぼんやり見ていた。

すると、車庫の横に止まっている古い電車が目に入った。


「うわ……」


その電車の横いっぱいに、大きなグラフィティーが描かれていた。


赤、青、黄色。

まるで動いているような文字。


「なんで電車なんだろう…」


ソウマはつぶやいた。


学校についたあとも、その絵のことが頭から離れなかった。


放課後。

ソウマは駅の近くにある古い倉庫へ向かった。

そこは、グラフィティー好きの人たちがよく集まる場所だった。


中に入ると、いつものようにカズさんが壁を見ながらスケッチをしていた。


「カズさん、質問していい?」


「お、ソウマ。どうした?」


「なんで昔の人は、電車にグラフィティーを描いたんですか?」


カズさんは少し笑った。


「いい質問だな」


そして、ゆっくり話し始めた。


「今から50年くらい前。アメリカのニューヨークでは、若い人たちが自分の名前を街に書き始めたんだ」


「名前?」


「そう。自分がここにいるっていうサインみたいなものだ」


ソウマはうなずいた。


カズさんは続けた。


「でも、ただ壁に書くだけじゃ広がらない。そこで考えたんだ」


「どうやったら、もっと多くの人に見てもらえるかって」


ソウマは、はっとした。


「まさか…」


「そう。電車だ」


カズさんは指を立てた。


「電車は町から町へ走る。だから、電車に描けば、たくさんの場所に自分の名前が運ばれる」


ソウマの頭の中で、さっき見た電車の絵がよみがえった。


「つまり…動くキャンバス?」


「その通り」


カズさんは笑った。


「ニューヨークの地下鉄は、まるで走る美術館みたいになった時代もあったんだ」


ソウマはノートを取り出した。


そして、いつものようにタグを書いた。


LOVELETTER


「自分の存在を、世界に届ける手紙…」


ソウマはつぶやいた。


カズさんは少し驚いた顔をした。


「いい言葉だな」


外では夕方の電車が通り過ぎていった。


ガタン、ゴトン。


ソウマは窓の外を見ながら思った。


「もし自分の絵が電車に描かれたら…」


「それは、世界中に走る手紙になるのかもしれない」


その日、ソウマのノートには新しいページが増えた。


タイトルはこう書かれていた。


「走るキャンバス」


そして、物語はまだ続く。