第76話 ソウマの新しい目標


夕暮れの駅裏。


巨大壁には、“Love letter”が残っている。


昼の騒がしさが消えたあとも、壁だけは静かに街を見下ろしていた。


ソウマは一人で座っている。


スプレー缶を転がしながら、完成した作品を見上げていた。


ユナが隣に来る。


「燃え尽きた?」


ソウマは少し笑う。


「…ちょっとだけ」


第一章。


ただタグに憧れていた。


第二章。


自分の名前を書き始めた。


第三章。


技術を覚えた。


第四章。


街の過去を知った。


第五章。


“Love letter”を完成させた。


長かった。


でも、不思議と終わった感じがしない。


その時。


壁の下に、小さな新しいタグ。


昨日の少年が描いたものだった。


まだ下手。


線も震えてる。


でも、その横には小さな矢印。


“Love letter”と同じ形。


ソウマは静かに立ち上がる。


RAVENが後ろから現れる。


「どうする」


ソウマは少年のタグを見る。


昔の自分みたいだった。


誰かの線を見て、憧れて。


真似して。


そこから始まる。


ソウマは少し考えてから言う。


「今度は、教える側もやりたい」


ユナが驚く。


「ソウマが?」


「オレ、一人じゃここまで来れなかったし」


カズさん。


RAVEN。


TRACE。


NOX。


みんなから受け取った。


だから次は、自分が渡す番。


その時。


街の奥のビル屋上。


白いマスクが風に揺れる。


NOX――RAVENの兄。


彼は小さく手を振ると、闇の中へ消えていった。


もう敵じゃない。


“次を作るための影”だった。


TRACEは古い自転車にまたがる。


「街は続くからな」


RAVENも笑う。


「次は負けねえ」


ソウマは巨大壁を見上げる。


“Love letter”。


街を渡る手紙。


でも、ここはゴールじゃない。


矢印は、まだ先へ伸びている。


その時。


駅へ入ってきた電車の窓に、新しいタグが映る。


見たことのない名前。


知らない線。


別の街のライター。


ソウマの目が変わる。


世界は、まだ広い。


この街の外にも、知らない壁がある。


知らない物語がある。


ソウマは缶を握る。


そして笑った。


「次は、街の外へ行く」


夕焼けの巨大壁。


銀色の“Love letter”の矢印は、まるで未来を指していた。


その下で、小さな少年がまた新しい線を描き始める。


物語は終わらない。


誰かが描き続ける限り。