朝の通学路。


ソウマは歩きながらノートを開いていた。

ページにはいつものタグ。


LOVELETTER


昨日、橋の下で見た巨大なグラフィティー。

そして壁に書かれていた名前。


KAZE


あんな作品を作る人が、この街にいる。


「いつか会えるのかな…」


ソウマはつぶやいた。


学校の休み時間。


ケンが机に寄ってきた。


「また書いてるのか?」


「うん。」


ソウマはノートを見せた。


LOVELETTER。


少し太い線。

矢印もついている。


ケンは笑った。


「でもさ。」


「ん?」


「グラフィティーって、いつからあるんだ?」


ソウマは止まった。


「え?」


「落書きって昔からあるの?」


ソウマは考えた。


「…わからない。」


放課後。


ソウマはいつもの橋の下へ向かった。


壁には今日もタグが増えている。


LOVE

KAZE

RUSH


いろんな名前。


「増えてる…」


そのとき。


「よく見てるな。」


自転車の男だった。


「ねえ。」


ソウマはすぐ聞いた。


「グラフィティーっていつ生まれたの?」


男は少し笑った。


「いい質問だ。」


男は橋の柱に手を当てた。


「多くの人は、グラフィティーは最近の文化だと思っている。」


「違うの?」


男はスマホを取り出した。


画面には石の壁の写真。


そこには文字が刻まれている。


「これ何かわかるか?」


ソウマは首をかしげた。


「落書き?」


「正解。」


「え?」


男は言った。


「これは古代ローマの壁だ。」


ソウマは驚いた。


「古代って…」


「約2000年前。」


「ええ?!」


男は笑った。


「昔の人も壁に文字を書いていた。」


ソウマは画面をのぞいた。


石の壁に、細い線で文字がある。


「何て書いてあるの?」


男は言った。


「好きな人の名前だったり、文句だったり。」


ソウマは思わず笑った。


「今と同じじゃん。」


「そうだ。」


男は続けた。


「人間は昔から、どこかに自分の言葉を残したかった。」


橋の上を車が通る音が響く。


ソウマは壁のタグを見た。


LOVE

RUSH

KAZE


「じゃあグラフィティーって…」


男は答えた。


「人間の本能に近いかもしれない。」


「本能?」


「自分がここにいた証を残す。」


ソウマはノートを取り出した。


LOVELETTER。


自分のタグ。


「俺も…」


男が聞いた。


「ん?」


「証を残したいのかな。」


男は少し笑った。


「たぶんな。」


ソウマは壁の巨大なグラフィティーを見た。


青い立体文字。


KAZE。


「でも今のグラフィティーは、いつ始まったの?」


男は言った。


「今の形になったのは、約50年前だ。」


「そんな最近?」


「アメリカのニューヨーク。」


ソウマの目が輝いた。


「ニューヨーク?」


「若者たちが自分の名前を街中に書いた。」


男は続けた。


「地下鉄。

壁。

電車。」


ソウマは想像した。


大きな街。

たくさんのタグ。


「それが広がって世界中に広まった。」


ソウマは壁のタグを見た。


LOVELETTER。


まだ小さな文字。


でも――


「2000年前の人も…」


男がうなずいた。


「壁に何かを書いた。」


ソウマは少し笑った。


「人間って変わらないな。」


男も笑った。


「そうかもしれない。」


ソウマはノートにもう一度書いた。


LOVELETTER


今度は少し大きく。


「よし。」


男が言った。


「何かわかったか?」


ソウマはうなずいた。


「グラフィティーって…」


「うん。」


「すごく昔からあるんだ。」


男は自転車にまたがった。


「そして今も続いている。」


ソウマは壁を見上げた。


古代ローマの壁。

ニューヨークの地下鉄。

そして、この橋の下。


全部つながっている。


ソウマは思った。


もしかしたら――


いつかどこかで

誰かがこの街の壁を見て


こう思うかもしれない。


「ここにも誰かの名前があった。」


ソウマはノートを閉じた。


LOVELETTER


小さなタグ。


でも、歴史の続きの一つかもしれない。