夕方の帰り道。
中学二年のソウマは、いつも通らない細い路地に入った。
古いコンクリートの壁に、見たことのない絵があった。
大きな文字がねじれながら飛び出して、周りにはカラフルな線や星が散っている。
「これ、落書き…?」
ソウマは少し近づいた。
だけど、ただの落書きとは少し違う気がした。色も形も、なぜかかっこいい。
そのとき、後ろから声がした。
「それ、グラフィティーだよ。」
振り返ると、高校生くらいの男が自転車にもたれていた。
「グラフィティー?」
「簡単に言うと、壁に描くアートだ。」
ソウマは壁をもう一度見た。
「でも、落書きと何が違うの?」
男は少し笑った。
「落書きは、ただ書くだけ。でもグラフィティーは、自分の名前や思いをデザインにして表現するんだ。」
男は壁の文字を指さした。
「この文字、読める?」
ソウマは首をかしげた。
「読めない。」
「実はこれ、描いた人の名前なんだ。グラフィティーを描く人は、自分の名前をかっこよくデザインして街に残す。」
「名前?」
「そう。自分がここにいるって証拠みたいなものだ。」
ソウマは少し考えた。
「じゃあ、サインみたいなもの?」
「いいところに気づいたな。そう、世界中のグラフィティーの多くは“名前”なんだ。」
男は続けた。
「グラフィティーは、もともと外国の大きな街で広がった。電車やビルの壁に、自分の名前を描く若者が増えたんだ。」
「なんで?」
「理由は簡単。誰も自分を知らない街で、“自分の存在を残したい”と思ったから。」
ソウマは壁の絵を見つめた。
さっきより、ただの落書きには見えなくなっていた。
「じゃあ、これを描いた人も…」
「たぶん、“ここに俺がいる”って言いたかったんだろうな。」
風が少し吹いた。
ソウマはふと聞いた。
「でもさ、壁に描いたら怒られないの?」
男は苦笑した。
「そこが難しいところ。グラフィティーはアートと言う人もいるし、迷惑だと言う人もいる。」
「どっちが正しいの?」
男は少し空を見た。
「それは、まだ世界でも答えが出てない。」
ソウマは最後にもう一度壁を見た。
ぐねぐねした文字。
カラフルな色。
でも、その奥に誰かの気持ちがある気がした。
男は自転車にまたがった。
「もし気になったら、今度は街の壁をよく見てみな。」
「どうして?」
男は笑った。
「世界中の街には、まだ誰にも知られていない“メッセージ”がたくさん残ってるから。」
そう言って、男は走り去った。
ソウマはしばらく壁の前に立っていた。
そして小さくつぶやいた。
「グラフィティーって…
ただの落書きじゃないのかもしれない。」