さて、いきなり論説っぽい話。
 いや、昔からブログをはじめたら最初に書こうと思っていたので(笑。

 SFものとかに出てくる概念で「外部記憶」というのがありますな。

 自分の脳味噌に納めきれない情報を、どこか自分以外の場所に納めておいて、それを「自分のもの」として使う………ま、そんなところだと思うんですが、これはもう実現済みで、要はPCだったりメモリーカードがそうだったりするわけです。

 で、「それとの対比で考えついた」という程度のものだけど、じゃあブログの本質ってのは「コミュニケーション用の外部人格」なんじゃないかなと。

 ブログは、本人が居ない間も情報を発信し続けるし、そして受け続ける。そして個々の話題にそってブログスペースで会話ができる。

 そもそも「Webサイト」というものは、「情報を発信し続ける」ものだったけど、情報を受けたり、いわんや「そこでコミュニケーションをとる」というものではなかった。

 「コミュニケーション用」ということではBBSがあって、確かにコミュニケーションはできたけど、BBSは「コミュニケーション広場」として機能するべく用意されていて、「誰か特定の人とコミュニケーションする」んじゃなく、「みんなでお互いにコミニュケーションする」のが目的で設計されていたし、多くの場合、そう運用されていた。

 もちろんWebサイトに併設されたBBSもあったけど、基本的な思想は同じで、結局「Webサイトの内容に沿った、コミュニケーション広場」であって、「Webサイト(のマスター)と対話する場」というのはほとんど無かったはず。

 まぁ、そうじゃないところももちろんあっただろうし、そもそも草の根BBSの一部でさえ違うものがあったけど、「誰かの思考を発信し、その発信に基づいてコミュニケーションする」というシステムとしては、今のところブログが最も優れた、そして認知されたシステムなんじゃないかと思う。

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 「コミュニケーション用の外部人格」というのが大仰だと考える方もいるかもしれないけど、例えばブログに「スパムコメント/トラックバックを自動で削除します」という機能をつけたとする。

 でも、「何をスパムと考えるのか」は人によって違うわけで、それを反映できるようにすれば、「ブログ=人格」としての完成度が増すと思えるし、さらに例えば、「ありがちなコメントに自動対応する」みたいな機能をつけちゃえば、「どこまでが外部人格で、どこまでが本人なのか」みたいな境界線だって曖昧になりそう。

 なーんて考えを進めていくと、
「現実世界でも人格を商う商売(芸能人とか作家とか)がある以上、
 ブログシステムの機能向上と社会での認知に従って、外部人格そのものを
 商う商売が出てくるんじゃないか」
 なんて妄想してみたりして。

 そうなったら「人間とは何か」みたいな問題がクローズアップされそうだけれども。