「平成将棋」 193 袖飛車 名称の由来 | 表参道芸術大学 

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袖飛車

 

戦法の名前つけたのは誰か?

 

大山康晴だよ

あたりまえじゃないか

この戦法指す人が

名前つけるに決まってんじゃないか

まあ 正確にいうと

加藤治郎先生(八段)との合作だけどな

 

2八玉が着物を着る人で

3八銀や3八飛車が袖

4九金が袖の袂(たもと)

に似てるというわけだ

美濃囲いのことを

着物の袖に例えたわけである

 

 

ちなみに 単なる右三間飛車を

袖飛車って言ってる棋士がいるけど

それは間違いだからな

最初に間違って言い始めたのは

某女流棋士だ(✳某女流会長)

何年か前だ

5 6年ぐらい前かなあ

 

相矢倉とかで居飛車から

ひとつだけ左横へ振った飛車のは

右三間飛車だからな

決して 袖飛車とは言わないぞ

もし 仮にいうとするならば

森下システムとかも袖飛車になっちまうぞ

 

だから

加藤一二三流袖飛車(※右三間飛車)も

袖飛車ではない

誰かが間違って名称つけてる

誰がつけたかは知らんけどな

 

美濃囲いの王様の左隣(左脇)にある

状態の飛車のことだからね

玉飛接近のことだからね

 

まあ そもそも 大山先生が

この戦法を封印したがってたから

世の中に広めたくなかったみたいだから

間違って伝わってもしょうがないんだけどな

だから 「大山康晴の袖飛車」の本

私が中学生の時買ってよく読んだけど

この本だけが薄いんだ ページ数が

たしか これだけは人に教えたくないと

書いてあるよ

 

まあ 名前なんか

どうでもいいけどな笑

困る人いないけどな笑