米長玉を最初に指したのは大山康晴
だが大山先生は一回限りですぐに止めた 見切りつけた
その将棋の内容はあっけなく初盤から消極的いいとこなし
やる気なしの投了
ついでだから いまここで はっきり言うけど
わざと負けたんじゃねえの?って感じ
いまさら 何言ってんだよ!って思われるだろうけど
オレもこの事書くのをずっと1年以上ためらってたんだけど
まあ いいかなあ
たしか相矢倉で1局だけ戦った
相手が誰か忘れた
資料を探すが出て来ない
米長玉は米長邦雄先生のオリジナルではない
証拠となるエピソードをひとつ
もう何年も前の話し
渋谷東急百貨店8月夏将棋祭りでのこと
米長先生の講演が行われて
その後先生への質問タイムの時だ
だれも質問しなかったのでオレが手あげて
” 先生! 将棋界で一番貢献した人は
米長玉を考えた人だと思います
普通 戦法と言えば 攻撃の方ばっかりですが
唯一米長玉だけが守りの発明だからです
先生はどう思われますか? ”
そしたら 最初 先生にキッとにらまれちゃってさあ
オレなんかマズイこと言ったかなあと思ったら
5秒後に
” あなたが いま 言ったことは正しい ”
と言われた
あの5秒間の空白はなんだったんだろうね?
なんか秘密でもあるんだろうか?と時々思い出しつつも
あまり気にすることはなかった
それから もう何年も経つけど 先生がお亡くなりなられてからだな
「秘密にされている将棋初盤」ブログ書いてるときのこと
大山康晴先生の棋譜を調べる必要があって
将棋データベースで検索しまくってた
そしたら
あれ? 大山先生が米長玉指してる!
たしか 大山先生が七段のときかなあ
名人のときか?
相手が
木村名人か?
塚田名人か?
升田か?
升田ではないと思う
ちょっと そこらへんの記憶があいまい
ノートにつけてたんだけど
どっか行っちゃった
まあ でも あの空白の5秒の沈黙の意味ははっきりした
なぜかと言えば
米長先生がオレにもうひとつ言ったのが
” 大山対策を考えてて思いついた "
って おっしゃったんだ
でも それが うそ
大山康晴対策に米長玉は必要無い
その理由は
大山先生だけが居角攻めから真っ先に撤退した人だからだ
これで謎が解けた
でもなぜ 米長先生が指したか?
「たぶん 銀冠だから 端攻めに対応出来た」
大山先生がなぜ一回限りでやめたか?
「たぶん 矢倉だから 端攻めに対応出来なかった」
この点が違う
米長先生の話しは まだまだ あるぞ 重要なことが
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