秋も深まり、冬がやってこようとしている。



夜長を楽しむ季節というのに人の時間は平等であるため、



結局は、他の季節と変わらないと時間を

過ごしているのかもしれない。



ただ、時間には人それぞれに、「相対的」に尺度は違う。



例えば、

満員電車に揺られる1時間と、楽しい飲み会の1時間は、



その絶対的時間は同じであっても、ずいぶん違う。



時計が示す「絶対」と人が感じる「相対」は、



永遠に乖離し続けるであろう。





だからこそ、思う。





「絶対」として、人はその時間に生きている、

「相対」として、人はその時間に生かされていると。




せめて休日は、時計を腕から外してみようっと。