美味しいごはんが食べられますように
あらすじ
「二谷さん、わたしと一緒に、芦川さんにいじわるしませんか」
心をざわつかせる、仕事+食べ物+恋愛小説
職場でそこそこうまくやっている二谷と、皆が守りたくなる存在で料理上手な芦川と、仕事ができてがんばり屋の押尾。
ままならない微妙な人間関係を「食べること」を通して描く傑作。 ※Amazonより
感じたこと
・弱さすら武器にする強かさ、弱者の世渡りの上手さというか、世渡りのたやすさたるや。
・縁の下の力持ちは、文字通り一生日の目を浴びない。この理不尽はどうしたらいいの。
・同調圧力の怖さ、ちなみに私はホラー系、夏でもお断りです。(関係ない)
・どれも立派な食事の形なのに、推奨されるのは丁寧な暮らしみたいな雰囲気あるよなあ。
・これ読んで、職場に手作り料理持っていける強者いるのか?
こんな人におすすめ
・体調不良の中、それでもやらねばと、薬飲んで頑張ったことある人
・カップ麺が好きな人(私です)
以下、感想、感じたことの深掘りですので、まだ未読の方は注意
この本を手に取って読むまでに、こんな胸糞(すごく褒め言葉で使った)ものだと想像できた人いたのかな。
てっきりおいしいご飯がいろいろ出来てて、いろいろ悩み事もあって辛かったりするけど、食べてお腹いっぱいになったら幸せ〜〜!みたいな話だと思ってました(安直)
コンビニ、ファストフード店が増え、ジャンクフードでもなんでも選びなっせ〜、簡単楽チン、お店で食べてけば、帰ってお風呂に入って寝るだけだよ!いいでしょ〜!だったかと思えば、最近は身体に良いことしようね!色とりどりな野菜と果物で食物繊維とビタミン、そしてお肉や魚でタンパク質を健康的に食べ取り入れて、外食よりも家で自炊、丁寧な生活を目指していきましょ〜〜〜!!な雰囲気なんだよなあ。
フルタイムで働いてる人間からしたら、料理って食材・調理器具の準備、調理、片付けやることたくさんあって、食べるためにここまで労力・時間も使っちゃって、あとは寝る時間確保したらもう他の時間なんてナイナイ!バイバ〜イ!ってくらいもっていかれる。
好きなことが何も出来ない。なんのために生きてるのかなって思い始めると、どんなごはんもおいしいいと感じて食べられないんじゃないか。
二谷の食事描写的にはぐちゃぐちゃとかでまず食事自体が嫌いだったのかな、でもお酒飲んだ時の描写、楽しんでる感じあったし、やっぱり周りに合わせなきゃいけないとか食べたくな〜いって自分を出せない状況、強制された感じが嫌いだったのかな。
「おいしいごはん」この定義は、丁寧に作られたとびきり上手に作られた料理でも、三つ星レストランの料理でもなく、その人の心理状態が良好で自分らしくいれることが前提なのかな。
ちなみに私はインスタントラーメン、カップ麺の類が大好きな人間です。
幼少時代の朝ご飯はサッポロ一番のみそラーメンをおかずに白米。ちなみに今も好き。
でもこれは夫、そして生まれてからもうすぐ6ヶ月になる子供には多分大人になるまで内緒にするだろう。
なんで内緒かって?
かく言う私こそが芦川さんよろしく、おいしいごはんはいいぞ!手のかかった、作り手の気持ちがこもったあたたかい料理はそれだけで美味しい、みんなで食べると1人で食べてる時より楽しくて美味しく感じる気がしない?って思ってたりしなくもないような気がしてて、この価値観に反省した人間だからです。
まあ私自身は、最初からその価値観があるわけでもなく、幸せで円満な家庭で育ったからと言うわけではなく、世の中で幸せなイメージ像にいつの間にか憧れ、羨ましいと思った結果なわけなのですが
自分が幸せだと思う形は人それぞれでいいと思えるようになりたいな。
二谷と押尾さんの似てるようで、似てない考え方いいですよね。
自分を肯定して生きているかどうかの違いが最後に出てる気がする。
自分のことはもちろんだえど、周りこともそれぞれの人を肯定できる視野の広さを持ってそれを忘れないでいたいな。
辛うじて焼いた目玉焼き。味噌汁は作りたくなかった。
醤油ダバダバ。おいしかった