今年(2026年)は丙午(ひのえうま)である。今から60年前の昭和41年(1966)はその年だけ出生数が減り、翌年以降は元に戻っている(※1)。
1965年(昭和40年):1,823,697人(合計特殊出生率2.14)
1966年(昭和41年):1,360974人(合計特殊出生率1.58)
1967年(昭和42年): 1,935,647人(合計特殊出生率2.23)
※1 厚生労働省「人口動態統計」 e-Stat「統計で見る日本」を参照。
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450011&tstat=000001028897&cycle=7&year=19660&month=0&tclass1=000001053058&tclass2=000001131643&tclass3=000001131644&result_back=1&cycle_facet=tclass1%3Atclass2&tclass4val=0
赤文字で示した1966年(昭和41年)が丙午の年であるが、前年比で約46万人減となっている。一方、その翌年1967年(昭和42年)は反動で約57万人増となっている。それだけ丙午効果が大きかったといえるだろう。
なぜ丙午の年に出生数が減るのかについてはよそでも同じことが書かれているが、ごく簡単に述べておく。
丙午生まれの女性は気が強く、夫を不幸にしてしまうから。
これは江戸時代に起きた八百屋お七の放火事件」がきっかけで流布したとされる。丙午の女性はよくない。かといって、男女の産み分けなどはできないし(現代の医学なら可能かもしれないが、当時は不可能だっただろう)、それならいっそのこと、丙午の出産は控える方向につながった。
もちろんこんなことは迷信に過ぎないのだけども(私の周辺にも丙午(1966年)生まれの女性がおり、結婚もしているし・・・)、そうした迷信が気になってそれを避けようとするのも人間の性(さが)である。
要するに、丙午生まれの女性がいけないのであり、男性であれば問題ない(坂口安吾などは丙午生まれである)。ここにジェンダー的なモヤモヤしたものは感じるが、なんでも女性がいけないってことにすれば都合がいいというところだろうか。
だが、丙午生まれの女性が縁起が悪いとされるのは日本独特のもので、中国ではあまり関係ないとされる。
中国では、年賀状(年贺卡)に「马到成功(馬成功に到る)」と書かれるように、午年というのは縁起がいいとされる。また、今回タイトルにもしている丙午についても、丙午生まれの女性がよくないというような考えはない。むしろ、陽の力が強いといわれ、力強いとされる。(※2)
※2 『説文解字』巻15 丙部:位は南方にあり、万物成る。陰気起ころうとし、陽気これに拠る
同書同巻 午部:忤なり。五月、陰気午して、陽気下る。地を冒して出づるの形に象る(忤とは逆らう、衝突するの意、午とは交差するの意)
私の中国人の友人(午年生まれ、丙午じゃない)などは、2026年について「とても縁起が良い。だって午年だもの。」と言っていた。彼女は日本に関する知識はない人だから、上で言った「丙午の女性は・・・」とか「八百屋お七」のことなどは知らない。
じつは筆者自身は、丙午の2026年に第二子を出産した。男児であるから、直接自分自身が「これだから丙午の女性は・・・」などと陰口を叩かれることはないが、将来的には「丙午世代」とか「令和丙午生まれ」とかと騒がれるのかしら・・・とは思っている。いわば坂口安吾みたいな存在である。
丙午の影響かどうかは知らないが、ただ感じているのは本当に子どもが減っているということ。
筆者は2024年の辰年に第一子を出産。第二子も第一子と同じ病院で出産した。たった2年の違いではあるものの、いくつか違いも感じたので、箇条書きにしてみた。
(1)新生児室にいる子どもの数が減っている。
(2)新生児のベッドにつけるお名前プレート(母親の名前と新生児の出生体重などが書かれてあるボード)がジェンダーレスになった。
(3)出産費用のうち、個室ベッド代が上がったが、入院食がやや豪華になった。
まず(2)から。第一子も第二子もともに男子なのだが、第一子の時は男の子は青色、女の子はピンク色といったように、プレートの色が分かれていた。それが、第二子の時は、男女問わず黄色のプレートで、出生児の名前の欄も無くなっていた。私がこのことを助産師に問うと、「ジェンダーレスになったということですね」という返答があった。
次に(3)。個室ベッド代が一日あたり数千円ほど上がったが、お祝い膳にくわえて、洋食と和食のランチおよび「3時のおやつ」がついた。
そして本題の(1)である。これは、私が入院していた約一週間(8泊9日)、しかもよその病院のことは知らないので、非常に限定的な条件だったのかもしれないが、新生児ベッドの数が減った。第一子の時は常時3〜5台のベッドがあったが、第二子の時は常時1〜2台(もしかすると多い時で3台あったか?)ほどしかなかった。個室の病室はガランとしていて、空室が目立った。
もしかして丙午の影響・・・と思わされるほどだった。まあ、丙午のせいというよりも、少子化がこの2年間でいっそう進んでいると考えた方がいいのかもしれない(※3)。
※3:ただし、今年(2026年)上半期(1〜6月)の出生数については、前年をわずかに上回ったという報道もあるが、下半期はどうなることやら・・・。
ここまで、「とりあえず丙午生まれでもいいじゃない」(これは本当にそうだと思うけど)と言ってきたが、じつは中国にも丙午を不吉とみなす説が存在する。
靖康の変(金によって北宋の開封が陥落させられ、皇族および皇帝が金国に連行された)が丙午の年(1126年)に発生していることもあり、以降、丙午は反乱や外敵の侵入など、国家レベルの事件が発生する年ともされるようになった(※4)。
※4 紅羊劫とも。詳細はhttps://baike.baidu.com/ja/item/紅羊劫/1194466やhttps://baike.baidu.com/item/红羊劫/4864605?fromModule=BaiduWiki_Jaを参照。前者は日本語、後者は中国語。中国語のほうが詳しく解説されている。高邁『容斎随筆』以降の考えとされる。
ただし、特定の年が危急存亡の時だという考えは丙午に限らず、辛亥革命(1911年)の起きた辛亥もそうだとされる。とすれば、すべては事が起きてから後付けされたものである。これなら、毎年のように高い確率で危急存亡の時に出くわすことになろう。
もっとも、本当の意味で危急存亡であるのは、日本の少子化が進行していることである。これには、丙午も辛亥もへったくれもないのではないだろうか。