いつも、幼稚園のお迎えは
パパの仕事でした。
パパはたくさんの車やバイクを持っていたから、
今日は何に乗って来るのかなって
楽しみでした。
それから、川や公園で遊んで帰ると、
いつもまっすぐ帰って来なさいって、
晩御飯を前に決まってママに怒られるのは、
あたしだけじゃなく、パパも同じでした。
あたしは女の子だけど、
女の子らしくママのお手伝いをしたりした記憶は一切なくて、
女の子らしくママゴトするのも大っ嫌いで、
女の子らしくスカート履いたり、髪にリボン着けたりするのをすごく嫌がった。
だけど、
パパと狩猟に出かけたり、
釣りに行ったり、
ゴム製のゴキブリやクモのおもちゃで
友達にイタズラしたり、
ママやお姉ちゃんを脅かすのが大好きで、
これもまた、ママに怒られるのは
あたしだけじゃなくパパも同じで、
スカート履きなさい、
リボンを付けなさいってゆーママとは
違って、
パパは、
お前はお前だ、お前らしく。
といってくれていた。
心の中では
もうちょっと女の子らしくしてほしかったのが
本音かもしれないけど。
あたしはパパと遊ぶことが大好きで、
パパに教わる全てのことが、
園長先生よりも正しいことだと信じてました。
ある日、
近所のおばちゃんが
お昼前に幼稚園に迎えに来て、
「ママがおうちで待ってるから早く帰ろう」って言いました。
「なんで今日はおばちゃん?何でパパが迎えに来ないの?」
って聞いても、おばちゃんはいつも、
知らな~い
って言いました。
家についたら、
親戚がいっぱいいて、
豪華なご飯の準備が進んでいました。
黄色と白のお花が次々と贈られてきて、
手紙がたくさん贈られてきて、
パパがいつも触っちゃいけないって言っていたパパの釣り道具が部屋にはたくさん敷き詰められて、
狩猟用の銃も、
絶対触っちゃいけないって言われてたのに、
その日はいくら触っても、
誰も怒りませんでした。
二階に上がったら、
スイミングスクールに行ってたはずのお姉ちゃんが部屋にいました。
多分、今から
素敵なパーティーでも始まるような、
そんな雰囲気が漂っていました。
あたしは黒い服に着替えさせられ、
お姉ちゃんも着替えさせられ、
お姉ちゃんは首にネックレスがついてて
それがすごくうらやましかった。
お姉ちゃんが
「ここにちゃんこして(座って)、
もうしゃべったらダメよ」
って言いました。
大好きな婆ちゃんが
あたしの後ろで泣いていました。
いつもあたしをいじめるお姉ちゃんが
この日だけは泣いていました。
ご飯が用意されていて、
庭には黄色と白の花が飾られて、
誰かに手紙が届いて、
みんなが集まってきて、
いつもと違うお洋服で、
これからきっと素敵なパーティーが始まるはずなのに、
みんな泣いていました。
「何で泣いてるの?」
とお姉ちゃんに聞いたら
「何で泣かないの?もうさよならだよ」
ってお姉ちゃんが言って、
「誰と?誰とさよなら?ねぇ誰と??」
って質問攻めにしていたら、
前に立っていたママに、
「立ちなさい。
立って、この人にさよならって言いなさい。」
と言われ、
頭の上にハテナマークがいっぱい浮き出て見えたのか、
「この人が誰かわかるよね?
パパがお釈迦様になったのよ。
ちゃんとわかる?
パパにもう会えないの。
だから、
さよならって言いなさい。」
そうやって聞くママも泣いていました。
さよならって言いなさいって言われたから、
さよならって言いました。
その日、
パパが朝からいなかったこと、
今日だけおかしな雰囲気だったこと、
みんなが泣いてる理由も、
パパの大好きなモノで飾られてる理由も、
もう息をしないパパに
さよなら。
って言っても、
あたしには
まださよならの意味がわからなくて、
みんなが帰った後も、
黄色と白の花が片付けられても、
次の日またパパがいないことも、
幼稚園をずっと休んで、
お姉ちゃんがずっと家にいたことも、
なぜだかわからなくて、
あの時、
さよならって言わなきゃいけなかった意味を誰に聞いてもわからなかったし、
答えてくれてもわかりませんでした。
さよならって言いなさい。
と言われた日から23年がたち、
さよならって言いなさい。
と言われた日のことは一部始終を覚えているのに、
さよならって言いなさい。
って言われた日までのことと、
それからの日のことは
全く記憶がありません。
小学生の時、
同じクラスの子の父親が亡くなり、
その時その子はずっと泣いていて
学校にも来ませんでした。
他の友達が、
○○君、かわいそうだね。
と言いました。
その時始めて
パパが死ぬってことは
かわいそうなことなんだ、
だから泣くんだ。
だからあの時みんな泣いてたんだ。
と理解できるようになりました。
パパがいなくて困ったことはない!
だけど
パパがいる当たり前の人生も
味わってみたかった。
お前はお前だ、お前らしく。
と言い続けたパパのように、
あたしはあたしで、あたしらしく。
生きてきてみたけど、
パパの描いた、お前らしさと、
あたしの描く、あたしらしさが
今同じように描かれているかは
わかりませんが、
入社式の日に会社を辞めた日と、
明日からちょっとロンドンに旅出るわ
ってお母さんに言った日、
「あんたは、ほんとに、お父さん似ね。」
と困ったように言われた時は
どこか嬉しかったです。
さよならって言いなさい。
って言われた日のことが
ある意味トラウマになっています。
だから
あたしは、
人にさよならって言わない!
バイバイも言わない!
あたしは必ず
またね。
ってゆーんだよ。
だから、
あたしとお別れする時は
さよならって言わないでね。
さよなら、しないでね。
パパの仕事でした。
パパはたくさんの車やバイクを持っていたから、
今日は何に乗って来るのかなって
楽しみでした。
それから、川や公園で遊んで帰ると、
いつもまっすぐ帰って来なさいって、
晩御飯を前に決まってママに怒られるのは、
あたしだけじゃなく、パパも同じでした。
あたしは女の子だけど、
女の子らしくママのお手伝いをしたりした記憶は一切なくて、
女の子らしくママゴトするのも大っ嫌いで、
女の子らしくスカート履いたり、髪にリボン着けたりするのをすごく嫌がった。
だけど、
パパと狩猟に出かけたり、
釣りに行ったり、
ゴム製のゴキブリやクモのおもちゃで
友達にイタズラしたり、
ママやお姉ちゃんを脅かすのが大好きで、
これもまた、ママに怒られるのは
あたしだけじゃなくパパも同じで、
スカート履きなさい、
リボンを付けなさいってゆーママとは
違って、
パパは、
お前はお前だ、お前らしく。
といってくれていた。
心の中では
もうちょっと女の子らしくしてほしかったのが
本音かもしれないけど。
あたしはパパと遊ぶことが大好きで、
パパに教わる全てのことが、
園長先生よりも正しいことだと信じてました。
ある日、
近所のおばちゃんが
お昼前に幼稚園に迎えに来て、
「ママがおうちで待ってるから早く帰ろう」って言いました。
「なんで今日はおばちゃん?何でパパが迎えに来ないの?」
って聞いても、おばちゃんはいつも、
知らな~い
って言いました。
家についたら、
親戚がいっぱいいて、
豪華なご飯の準備が進んでいました。
黄色と白のお花が次々と贈られてきて、
手紙がたくさん贈られてきて、
パパがいつも触っちゃいけないって言っていたパパの釣り道具が部屋にはたくさん敷き詰められて、
狩猟用の銃も、
絶対触っちゃいけないって言われてたのに、
その日はいくら触っても、
誰も怒りませんでした。
二階に上がったら、
スイミングスクールに行ってたはずのお姉ちゃんが部屋にいました。
多分、今から
素敵なパーティーでも始まるような、
そんな雰囲気が漂っていました。
あたしは黒い服に着替えさせられ、
お姉ちゃんも着替えさせられ、
お姉ちゃんは首にネックレスがついてて
それがすごくうらやましかった。
お姉ちゃんが
「ここにちゃんこして(座って)、
もうしゃべったらダメよ」
って言いました。
大好きな婆ちゃんが
あたしの後ろで泣いていました。
いつもあたしをいじめるお姉ちゃんが
この日だけは泣いていました。
ご飯が用意されていて、
庭には黄色と白の花が飾られて、
誰かに手紙が届いて、
みんなが集まってきて、
いつもと違うお洋服で、
これからきっと素敵なパーティーが始まるはずなのに、
みんな泣いていました。
「何で泣いてるの?」
とお姉ちゃんに聞いたら
「何で泣かないの?もうさよならだよ」
ってお姉ちゃんが言って、
「誰と?誰とさよなら?ねぇ誰と??」
って質問攻めにしていたら、
前に立っていたママに、
「立ちなさい。
立って、この人にさよならって言いなさい。」
と言われ、
頭の上にハテナマークがいっぱい浮き出て見えたのか、
「この人が誰かわかるよね?
パパがお釈迦様になったのよ。
ちゃんとわかる?
パパにもう会えないの。
だから、
さよならって言いなさい。」
そうやって聞くママも泣いていました。
さよならって言いなさいって言われたから、
さよならって言いました。
その日、
パパが朝からいなかったこと、
今日だけおかしな雰囲気だったこと、
みんなが泣いてる理由も、
パパの大好きなモノで飾られてる理由も、
もう息をしないパパに
さよなら。
って言っても、
あたしには
まださよならの意味がわからなくて、
みんなが帰った後も、
黄色と白の花が片付けられても、
次の日またパパがいないことも、
幼稚園をずっと休んで、
お姉ちゃんがずっと家にいたことも、
なぜだかわからなくて、
あの時、
さよならって言わなきゃいけなかった意味を誰に聞いてもわからなかったし、
答えてくれてもわかりませんでした。
さよならって言いなさい。
と言われた日から23年がたち、
さよならって言いなさい。
と言われた日のことは一部始終を覚えているのに、
さよならって言いなさい。
って言われた日までのことと、
それからの日のことは
全く記憶がありません。
小学生の時、
同じクラスの子の父親が亡くなり、
その時その子はずっと泣いていて
学校にも来ませんでした。
他の友達が、
○○君、かわいそうだね。
と言いました。
その時始めて
パパが死ぬってことは
かわいそうなことなんだ、
だから泣くんだ。
だからあの時みんな泣いてたんだ。
と理解できるようになりました。
パパがいなくて困ったことはない!
だけど
パパがいる当たり前の人生も
味わってみたかった。
お前はお前だ、お前らしく。
と言い続けたパパのように、
あたしはあたしで、あたしらしく。
生きてきてみたけど、
パパの描いた、お前らしさと、
あたしの描く、あたしらしさが
今同じように描かれているかは
わかりませんが、
入社式の日に会社を辞めた日と、
明日からちょっとロンドンに旅出るわ
ってお母さんに言った日、
「あんたは、ほんとに、お父さん似ね。」
と困ったように言われた時は
どこか嬉しかったです。
さよならって言いなさい。
って言われた日のことが
ある意味トラウマになっています。
だから
あたしは、
人にさよならって言わない!
バイバイも言わない!
あたしは必ず
またね。
ってゆーんだよ。
だから、
あたしとお別れする時は
さよならって言わないでね。
さよなら、しないでね。