一 JA8366

 2002年2月9日(土)、宮古発NU516便は16:42に那覇空港着陸。27番搭乗口からロビーへ出るとその場で次々と民間航空趣味人と会い、エプロン側を見たら多くが今乗ってきた機材であるJA8366へカメラを向けていた。

 いっぽう待合腰掛には弁当を食べる人が少なくなく、その中身が同じことから団体御一行様。実はその御一行様も民間航空趣味人の集まりで、皆JTAボーイング737-200ラストフライト目当てと断言出来る。

 さてその団体とは当該ラストフライト搭乗ツアーの御一行様で、只今ツアー予定に入っていた昼食弁当を食しているのだが、それがJAA那覇~台北線エコノミークラスで提供されるのと同じボックスミール。いやはやこのボリュームとは本当に軽食で、そのサイズの紙箱はJALソウル~関空同クラスと同じと見た。

 

 ところがこのJAA那覇~台北線は2002年4月1日から休止。同社プレスリリースに載る理由は「昨年からの経済不況に加え、いわゆる『米国同時多発テロ』の影響で国際旅客需要が大きく低迷しております。このためグループをあげて効率的な機材運用を行っていく為」。

 私は翌3月に大阪から台湾へJALマイレージを用いて渡航するつもりで、往路関空→中正・復路中正→那覇→伊丹か関空としてJAA休止予定路線そして同社767-300に乗ろうと思っていたが、このボックスミールを見たら「やはり国際線ならホットミール」という思考がはたらき、よって関空~中正をJAA直行便で往復とした。なお767-300へは復路で搭乗している。

 

 こうしてJALグループ運航那覇~台北は休止となったが、これ以降は中華航空とコードシェアして一応JAL便名で乗れる状況が続いた。中正機場も桃園機場と名を改めた。この後2020~2022年の感染症流行期を除いて那覇~台北移動客は増加したようで、象徴的事例が新興航空会社星宇航空の同区間就航。

 

 そして2025年1月21日(火)JALプレスリリースにて私が目を疑う発表が・・・「JTA初となる国際線の定期便として、那覇=台北(桃園)線を2025年度中に新規開設します」、私は「!?!?!?」。グループとしては20数年ぶりの再開!

 

 JTA Xではジンベエジェットが載る国際線就航告知があり、これって165席仕様ビジネスクラス無しの機材がJALグループフルサービスキャリアの国際線に入るってこと?かつて国内線スーパーシートを国際線ではエグゼクティブクラスとしたことはあるけれどが、20席のクラスJをそうする?あるいはプレミアムエコノミー?はたまたステイタスホルダー向けエコノミークラス?

 いやいや、JAL運航767-346をJTA便として飛ばしたことがあるので、此度もJAL運航国際線仕様767-346ERか国際線仕様737-846をJTA便とし、よって機材・乗員はJALまたは乗員だけJTAというんじゃなかろか。

 あるいは現行737-8Q3をそのまま国際線に充てる、さらに165席仕様JTA機材の一部をビジネスクラス設置国際線仕様にするとか!?

 

 7月に入っても就航期日は発表されず、こりゃ10月26日(日)からの冬ダイヤ初日か。けれども冬スケジュール初期就航も無く、ひょっとして春節に合わせて?デビューフライトの席が取り辛くなるか、運賃が高くなりそうだが。そんな懸念を抱く中の10月30日(木)正午、遂に発表された。

 2月3日就航、那覇発は8:00、桃園発は10:00。便名は301便・302便・・・SWAL那覇~南大東午前便か~!

 使用機種は「クラスJシート同等」とあることから国内線仕様737-800。エコノミークラス機内飲食サービスは「茶菓」、って日本アジア航空のボックスミールから20数年を経て後退か?とはいえJTAでは内際通じての久々の茶菓子で、2000年5月の岡山→那覇737-200機内ではどら焼きだったなあ。2006年5月伊丹→石垣737-400ではSOYJOYを頂いているが、これは期間限定だったような。

 

 航空券販売は12月3日10:00から。私は2月2日に関空から009便で那覇へ向かい、奥武山公園近くの快活CLUBで一晩を明かし、ゆいレールの始発電車で空港へ向かい、301便で桃園へ。そこから電車を乗り継いで松山機場へ向かい、JAL羽田行きで帰国。第3ターミナルで一晩を明かし、翌朝6:30発伊丹行きで帰阪。台北へは国内線スペシャルセイバー・台北行きエコノミークラス最安運賃、帰国はエコノミークラス特典航空券を用い、まともには寝ない案を立てた。

 

 かくして迎えた12月3日(水)午前9時台、パソコンを開けて那覇~台北を予約する準備を整えた。10:00ちょうどに開けると、エコノミークラスは最安の1万円台ではなくいきなり3万円台。構わん、それをクリックし必要事項を入力していって予約をエンター・・・取れない!? おのれアマデウス!那覇発初便には団体御一行様が乗り、JTAファンが乗り、特に前者枠が多ければWEB予約枠は少なく、次の操作では運賃は跳ね上がっているか満席予約不可と想定。もう台湾渡航は止めや!

 

 けれども冷静さを取り戻し、逆の台北発はどうか・・・那覇乗り継ぎ関空へ7863新台幣。よし、それ。この案は桃園からJTA初の海外発定期便初便への搭乗となるもので、これもまた意義あるものと納得。

 主たる客は台湾人と思われ海外発初便らしい独特の雰囲気を味わえようし、まったくの初便ではなく乗員には2レグ目なので初便よりも心理的な落ち着きもあろう。よってこちらのほうが国際線らしくなるやもしれぬ。

 

二 JA8995

 2026年2月2日(星期一)MM025便・JA903Pは台湾時間12:44に桃園機場ランウェイ05Lに着陸、12:49第一航廈到着。行列に加わった後13:20入境。16年ぶりの台湾、そして11年ぶりの海外である。

 これだけもの空白が生じた理由は、国内線搭乗が詰まって渡航機会が得られず、やがて感染症が流行して検査云々が多くて私には実質渡航不可。それが明けたら円安、燃油サーチャージ高騰、関空発着JALグループ便が減少等々。特に感染症流行前だと737-800就航・Q400CC就航・50周年・Q300退役・737-400退役という具合に、JTAグループ動向も私の渡航を先送りさせる原因を作っていたのだ。しかし時を経て、今回は逆に私の渡航へ踏み切らせることとなった。

 

 さてJAL搭乗手続きカウンターを探して、だったが2010年訪台時はこちらだったのに現在JALはT2/第二航廈。ニュートラムみたいな電車で移動し、T2の3階に来るもJALで独立したカウンターは今は無し。いや案内カウンターらしきがあって・・・時刻は14:30過ぎ、そこには明日の就航行事装飾品が置かれているではないか。

 日本越洋航空 台北(桃園)=沖縄(那覇)首航儀式 2026年2月3日、これが記された横長掲示とさくらジンベエとジンベエジェット顔出し撮影パネル・・・この場で今日これを見ることに私が桃園発のために前日入りした大きな意義を感じる。

 はてさて那覇国際線ターミナルで今頃準備が見られるのやら。もしあちらで搭乗客がそういうシーンを見ていないとすると、この俺がJTA国際線定期便第1接触旅客となるぞ。

 

 15:25発のMRTで一度台北站へ行き、MRTでT2に戻って来たのが18:00。さあここから明日7:30の搭乗手続きまでどう過ごす?まずは地下1階のマクドで食事、後は空港バス乗り場を見に行ったり、到着口にて到着客の様子を見たり、5階のセブンイレブンでお菓子を買ったり。最終的には3階腰掛で仮眠。

 

 2026年2月3日(星期二)午前4時台、もはや3階は通常のチェックインロビーの様相だ。その出発掲示に10時台発が見られるようになり、その中に302便があった。

 時に4:22、昨日聞いた通りカウンターは6番、だが手続き開始まで3時間強。この後もベンチで休んだりしていたが、6時になると私も行動モードへ移行。6:20時点では検査場入口近くのJALカウンターにも明かりが灯っており、昨日にも増して就航行事用の物品が置かれており、これから首航儀式があるんだという期待感を募らせる。

 

 7:00にはカウンターへ行き、前便の搭乗手続き終了を待つ。そこへJTAスタッフがやって来て、7:10からスタンド設置。桃園機場に出現する赤いJTAスタンド!おや、女性スタッフのほうは見覚えがあるのだが。

 「737-400ラストフライトチャーターにおられませんでしたか?」と訊けば、その通りだった。2019年5月26日(日)JTA歴代737-400のレジをプリントしたTシャツを着て、搭乗口前でCAとこれからJA8995に乗り込むラストフライトチャーター参加者の気分を盛り上げてくれた方である。

 

 さてカウンター前、中華航空グランドスタッフが整列して一礼。7:30にNU302便搭乗手続が始まり、私はエコノミークラス搭乗ではあるがJGC会員ゆえそちらのカウンターで、且つファーストクラス客用に通されて7:35にチェックイン。

 保安検査入口はスムーズに入れたが、その奥が長い行列・・・と思っていたが7:54に出境。左折・右折の後でまず中華航空ラウンジへ入り、搭乗券を見せ利用券を渡して奥へ。早々にダイニングコーナーを見つけ、コーンフレーク等を食し、そらからラウンジ全貌はどうだったかを見ないまま退出。はやる気持ちでD3登機門へ歩き、8:12現着。搭乗手続きからここまで27分。

 

 この時点ではエイサー演舞のリハーサル中。という訳で、2時間程前にJALカウンターで見た円柱の搬入物はマハエちゃんではなくて和太鼓だったのだ。

 登機門前に設けられているのはJTA背景スタンド・赤絨毯・カット用テープ・昨日見た「首航儀式」を記した横長掲示・来賓及び関係者用椅子。横長のはアーチではなくて床に置かれるものだったか。

 ジンベエ・結ジンベエ・さくらジンベエ法被を着た3人のスタッフの記念撮影、その後再度エイサーのリハーサルが施された。それからスタッフたちが円陣を作り、儀式前のブリーフィングへ。

 

 エプロンでは放水車がスタンバイし、こりゃ放水アーチが見られるな。よく眺められる位置から撮ろう・・・同じ考えの人は多く、大勢がエプロン側窓に張り付いている。

 そして・・・来た!8:39にNU301便がランディング、あれが結ジンベエかと感嘆する私の後方では関係者たちの拍手の音が拡がった。

 ターンしてエプロンへ、さあウォーターサルート。うむ、こういうのはやはり外から見るのがよい。那覇発に乗っていたら、放水アーチの下をくぐる結ジンベエは見られなかったのだ。

 

 8:43スポットイン、まずは一息。いやいや間髪を入れないかのようにJTAスタッフが司会アナウンス、8:44日本越洋航空台北桃園首航行事が始まった。

 最初に挨拶するのは昨日と今朝話したスタッフで、日本語そして中国語で話すが、後者では台詞を一部失念してヘルプを求める?続いて日本台湾交流協会台北事務所代表、台湾交通部観光署長が挨拶。またこの間に到着客がD3登機門向こうの到着通路を通って行った。

 

 エイサーの和太鼓演舞が2曲、そして8人が並んでテープカット、最後に和太鼓メンバーも並んでフォトセッション、これを以って9:18首航儀式は終了。

 到着通路にて儀式を見ていたJAL trico会員へ挨拶しに行くと、搭乗ロビーにもう1人のtrico会員来た。那覇発301便からこちらへ!?・・・入境せずに乗り継ぎでこちらへ、って私は「ひぇ~」しか言えん。その私も2008年3月31日(水)の日亞航最終日にセントレアから飛んで来て短いインタバルで成田へ飛んだ身、ではあるが一旦入境して当時発着していたT1のJAAカウンター最終日もようを見ている。ともかく、これで302便搭乗trico会員は少なくとも3名か。

 

 エイサー演舞メンバーがまだこちらに居るので和太鼓について質問。盛岡さんさ踊りの太鼓は7kgだが、エイサーのは5kg。この機会に担がせてもらい、さらに足を上げるパフォーマンスも・・・上がらん。このぶんだと琉球空手で蹴り上げるところも今は出来んかもしれん。

 さて登機はまだゆえJTA/JALスタッフや乗客の動きを観察。写真パネルで乗客が記念撮影をしたり、等々。

 

三 JA01RK

 9:35頃GROUP 1ボーディング開始、スタッフが登機門の向こうで通過客へ記念品を手渡していく。続くGROUP 2で私も通過し、記念品入りというかそれ自体が記念品のトートバッグを受け取った。

 ボーディングブリッジを下ってJA07RKに入ると先任CAへ台湾発らしく「ニイハオ」、だが直後の「後で入国書類を下さい」と日本語でリクエスト。帰国時に要るのは税関書類だったが、ああ、JTAでこういうことを口にする時が来たんだなあ・・・だが書面記入邦人は少数派のもよう。

 

 後方29C席へ進む際にもCAへ挨拶していくが、その数がやけに多い。訊けば客室乗務は6名。国際線ゆえか初日ゆえかは訊かなかったが、やがれ周りの席も埋まっていき、あらら後方に空席は無し。家族で乗ってきた台湾人旅客の席もばらばらという状況だった。

 前方を見ても3人-3人が並ぶ普通席もといエコノミークラスには29Cからだと空席視認出来ず。9:54ドアクローズ。後の那覇到着時でのアナウンスでは、台北発初便には164名の搭乗とのことであった。

 

 モニターに映るカラテファミリーの安全ビデオは毎度の通り。それが終わった後の9:58に「記念すべき国際線初便・・・」とアナウンスが入った。

 9:59にプッシュバック、29AKの窓の向こうには変わったこと無し。タキシーアウトは10:05、航廈側エプロンも複数名がいたけれど、大勢が並んで手を振るのは見られなかった。

 さて台湾北部の天気だが、昨日午後は曇り予報だったのが雨のち曇り、雲底は低く気温も15℃位。それが今日は晴れ、その空の下のランウェイ05Lから定期便JTA台北発1番機は10:14に離陸。

 

 さあこの先どんな国際線フライトもようが見られるのか?? という期待感を抱くも、この路線は398マイルと400マイルに届かず、現行JALグループ国際線では最短距離路線なのだ。とはいえ過去にはJAA同一区間路線も有り、日本発着400マイル未満路線は複数存在していた。短い順なら1位福岡~プサン133マイル、2位福岡~ソウル347マイル、3位関空~プサン355マイル、そして4位が那覇~台北。

 私は関空~プサンに実はよく乗っており、DC-10・MD-11の飛行時間は関空発で59分、プサン発で55~61分。それでもボックスミールとカートによるドリンクサービスが実施された。慌ただしさはどうかだが、乗客として少なくとも私には感じられなかったけど。

 

 日本時間へ戻し、ベルトサインが11:20消灯。さあ、お茶菓子を頂きましょう!国内線で毎度見るカートから袋入り茶菓セットが渡され、果たしてその中身は・・・これ、お菓子とちゃうやん!箱入りアップルジュースとロールサンド、って国内線だと「軽食」のカテゴリーに入ると思うのだが。

 

 これまで私はJTA定期便にて軽食・茶菓子サービスを受けたのは、1999~2000年に於いてだが6回ある。うち関空~石垣で4回、案内は軽食。中身は関空発081便がおにぎりセット、石垣発088便がJTA図柄箱入りの弁当で、はっきりいって石垣発のほうがボリュームがあった。そして岡山~那覇で2回、案内は茶菓でそのお菓子は先述のどら焼きだった。よって今日もどら焼きみたいなのを想定していたが、全然違った!

 

 ま、とにかく頂きましょう、写真を撮ってからだが。ロールサンドは1個だけなので、ここではゆっくり味わいながら食すことにしたが、それだからか1個にしてはボリュームがあったように感じた。

 398マイルの軽食・・・同程度の距離なら羽田~岡山があって、もしこの路線でロールサンドがサービスで提供されたら、私が利用しないにしても喜ぶだろう。逆にこの距離でも軽食サービスが実施されるというのは、さすが国際線というべきか。

 

 エコノミークラスではカート3台を視認。前方プレミアムエコノミークラスはトレイを用いたサービスに見えたが、さて合っているかな。

 さてそのサービスに当たって多くのCAが737-800の1本通路を往来する様は壮観だ。1便6名って・・・私には既視感があって、それは2016年2月10日(水)の那覇→福岡NU050便。今日JTA定期便に於ける客室6名乗務を見るのは往時以来。そしておよそ10年前の当該便はJA01RK充当のJTAボーイング737-8Q3公式の初便である。

 

 当時JAL・JEXの国内線737-846にはCAが4名いたのでJTAでもそれを踏襲と見ていたが、初便は6名。2名多かったその訳は、初便というか祝賀便対応として応援要員が乗務。具体的には趣味人が依頼するフライトログ対応で、ギャレイで記入したり客席へ返却に行ったりしていた。

 けれどもまさか今日のは趣味人対応!という訳ではなかろう。JALの737-800国際線初便は2007年5月15日(火)の関空→青島JL625便で、この時もCAは6名。往時はいずれ5人体制になると聞いたが、JTA台北線はどうなる?って訊かなんだが。

 

 ともあれここでJTAボーイング737-800計画運航初便を思い出すのだが、1週間後の2月10日(火)でちょうど10年!

しかしながら私がJTAにその件で問い合わせると「区切りを設けてのイベントは見送らせていただく」という旨の回答を得ており、この際JTA 737-800国際線就航が同型機就航10周年を兼ねていると私は解釈しておこう!

 

 キャプテンアナウンスが11:34に入り、現在位置石垣島西方、高度は29000フィート。食後の私はCAが持って来てくれた税関申告書を記入したり、31H後ろにジンベエ・さくらジンベエポストカードを頂いたりしていた。

 機内にいるJTAメンバーには私服スタッフもおり、その1人が今朝6番カウンターで記念写真を撮っていた方。後で登機門へ来て業務に当たり、そして302便へ。機内サービスが済んだ頃に後方ギャレイでも業務に当たっていた。

 

 空席僅少の中での乗客の様子は騒がしくもなく普通だったが、この頃になると後方ラバトリー使用客が列を作り、それら客は皆大人。

 国際線食後ではよく見てきたシーンだが、398マイル路線でもこうなるのか?私が察するに並ぶのは台湾人客で、これが国際線搭乗時の習慣なのかもしれん。

 因みに大阪発着400マイル弱路線には仙台線・山形線なんかがあるけれど、E170・190などの単通路機機内では列が生じることはなし。J-AIRではドリンクサービスはあるけれど食事サービスは無く、それゆえか。かくしてこの待機列には新鮮な感じがしており、後方席でこの光景を眺められたのは今日の台北発搭乗の収穫だった。

 

 11:56ベルトサイン点灯、12:10ランウェイ36L着陸。飛行時間は56分台、そしてこの時間のために私は昨日から訪台していたのだ~。

 先任CAから改めて就航初日のアナウンスが入り、そして私には那覇空港初国際線スポットへ。いや・・・以前の本土路線ターミナル・同じくJTAターミナル・同時期バスで延々と行った先のエプロンでの乗降があり、本日当便が入る国際線ターミナル北端のスポットって昔でいえばどの辺り?とにかく12:19スポットイン。

 

 後方29Cとあらば普段なら最後の最後での降機とし、CAへ改めて挨拶そして737-800客室を観察しながらL1ドアへ向かうところ。しかしながら今日は到着口を出た所で歓迎式の類を見られるかもしれず、よって前方客が進んで行けば私も間を空けずに進んで行った。

 何やら止まること無しにサッと入国して税関を通り、さあ到着口ドアを開けたら期待した通りにスタッフが並んでいるのを視認、撮影。横断幕に赤法被とジンベエジェット法被3色、並ぶのは総勢13名。そしてここでもステッカーなどを頂けた。

 

 ん、喉の渇きを感じる。そういえば機内ではりんごジュースを飲んだだけで、中華航空ラウンジでは「機内で飲んどこ」と思って飲まずにいたホットコーヒーを302便でも飲んでおらず。

 国際線でそれを飲まなんだっちゅうのもけったいな話だが、先程までのことを思い返せば私の頭からそのことが飛んでおり、軽食提供時以外に於けるドリンクサービスについて訊かなかったのだ。

 この場にいるJTAスタッフへ予告されていた茶菓子が実は云々という話を振り、そこへやがて302便クルーが出て来て、こうして国内線ターミナルへ帰るであろうクルーを見送った。

 いっぽう出迎えスタッフも到着客は皆出て来たであろうということで撤収、時刻は13:00。これにて私のJTA桃園発初便搭乗&前後ウォッチも終了だ。

 

四 JA07RK

 那覇から乗り継いで帰る関空行きNU008便搭乗口は23番。17時過ぎにそちらへ向かうと23番ボーディングブリッジに据え付けられているのは結ジンベエ。なに、JA07RK乗り継ぎの桃園→関空移動となるのか?トーイングされる様子もなく、その通りのようだ。

 搭乗開始は17:31。機内へ入ったら先任CAに「今日2度目の結ジンベエです」と言ったら、「台北発に乗られたのですか」。ん・・・運用は302便の直後?午後はここまで飛んでいなかったのか。かくして何やら同一機材での経由便搭乗という気もしてきた。

 

 私が座る31Hの左方はラバトリーなのだが、使用に当たる注意を記したマグネット板がドアに貼られ、それには中国語も記されていることから、これにも302便の続きという感じがした。なおこの板は後で外され、国際線用掲示だったとか?そして302便あったジンベエ・さくらジンベエポストカードも見られず、前便で在庫が切れた?

 

 17:55ドアクローズ、前方はかなり空いていて31列目に居るのもH席にいる私だけ、って31はHKしかないのだが。17:58プッシュバック、18:02タキシーアウト、18:11ランウェイ36Rから離陸、本日2レグ目は739マイルのフライトである。

 A席向こうから差し込む西日が鮮やか、という時の18:15にベルトサイン消灯。ドリンクカートが来たら今日初めて機内でホットコーヒーを頂いた。

 

 「同一日」にJTA「同一機材」で桃園→関空1137マイル搭乗、思えばこれは私にとっての記録更新だ。これまでは2009年9月4日(金)JTAボーイング737-400初号機JA8523による関空→那覇→石垣→与那国で、便名にするとJL2571→NU605→NU961で、合計マイルは1067マイル。

 本日のJTA桃園就航によって70マイル更新という訳だが、これもJA07RK乗り継ぎで実現したことである。

 往時も今日も那覇でクルーは入れ替わっているが、石垣行き機材を那覇で見た時は「これで大阪から与那国へ同一機材!」と思ったものだが、今日も同様。

 

 008便キャプテンアナウンスが流れたのは18:38、高度は39000フィート。そして揺れのためのベルトサイン着用予告もあり、この後18:54~19:04に点灯。再度消灯した際にリクエストした新品の機内誌Coralwayとジンベエジェット紙コップを頂戴した。

 この時後方担当CAと先の302便の話になり、私は398マイル桃園→那覇と739マイル那覇→関空の違いに言及。それがラバトリー使用者のことで、関空行きは合計では割といたが三々五々に客がWCへ向かい、それも子どもが主。いっぽう302便では先述のように那覇が近づけば大人の客がWC前に列を作ったというもので、そして続く私の言は「夜間に長く飛ぶ058・059便ではどうだったんでしょうねー」。この便名には大きく反応され、CAから発せられた乗務機種は-200であった。うわ、私が058便に乗った時は-400やったのに!

 

 ベルトサインが19:26に灯り、こんどは消えずに19:40関西空港ランウェイ06Rに着陸。

 結ジンベエについてのアナウンスが流れたが、乗っている間では多くの客はその機材が結ジンベエとは意識せず、または知らないまま乗っているかもしれないのでこのアナウンスは効果的だ。これのおかげで降機後に機体の写真を撮っておくというのも生じよう。で、40番スポットに19:45到着。結ジンベエJA07RK乗り継ぎによる台北→大阪移動は終了。

 

 こういうJTAの運用に乗っかった私は、いやはや運が好いというか何というか。趣味者でなければ「それがどうした」であろうが。なお私のJTA「同一日ひたすら同一機材」の回数記録は、冒頭に記した2002年2月9日(土)に於けるJA8366の那覇→宮古→那覇→久米島→那覇。便名はNU515→516→221→222、737-200のラスト4レグである。

 

 搭乗口前に知り合いスタッフは、またはJTAクルーはおらんかと見回すも見当たらん。そのまま関空駅からJRで帰宅し、中2日を空けて2月6日(金)正午前に伊丹空港北ターミナル2階で開催されるITAMI空の市種子島編へ、そこでJTA桃園発初便の報告を。

 ここでのスタッフの台詞は、「大井さんが海外へ行くって、そういう時なんですか?」。う、まさしくその通り。前回渡航が2015年3月JAL関空~L.A.再開、その前が2012年4月JAL787-8デビュー、その前が2011年3月JAL747ラストフライト。

 今回もそうで、記念の時しか渡航しとらん。まあ、よかろう。