先週の金曜日。
娘が同級生の男の子をあだ名で呼んでしまって、その男の子がそれをすごく嫌がっているという話を聞きました。
その男の子は 「やめて」 と言ったにも関わらず、娘はしつこくあだ名で呼んでいる。と。
小学校低学年によく有り勝ちなコトだと他人様のコトなら聞き流せたのでしょうが、自分の娘が 「やめて」 と言われているのにしつこく嫌がるコトをしたというのが気に掛かりました。
昔から人の嫌がるコト、自分でされて嫌なコトは人にしないように!と教えてきたつもりだっのに、ショックでした。
その日の下校後、娘と話をしました。
話をして解ったコト。
確かにあだ名では呼んだけれど、クラスも違うししつこくは呼んでいない。
相手の話だと今も続いている様な感じだったけどもう呼んでいない。 (どうやら去年の話
)
「やめて」 ではなく 「うるせぇ!」 と言われた。
あだ名で呼ぶコトに対して罪の意識を感じていなかったというコト。
若干聞いたコトと異なるコトはありましたが、その男の子があだ名で呼ばれてとても嫌な想いをしていたコト、呼ばれるのが嫌で娘のコトを避ける様にしていたというコト、自分が悪いコトだと思っていなくても相手は悲しい気持ちになっているコトがあるというコトを説明しました。
みんながやっているからってそれはイイコトだと限らないというコトも。
話をしている途中から娘はボロボロ泣き出しました。
「どうして泣いてるの?」 と聞くと 「どうしよう・・・ ●●くんに嫌な想いをさせちゃった・・・」 と。
知らない間に人を傷つけて、知らない間に避けられていたというコトがショックだったようです。
「じゃぁどうしようか?」 と問うと 「月曜日●●くんに謝る。」 と言います。
知らずとはいえ、人に嫌な想いをさせたコトはホントにいけないコトだし、あってはならないコトだと思うけれど、すぐに自分の間違いに気付いて謝ろうという気持ちになれるのは人として素晴らしいコトだと思いました。
自分の否を認めて謝罪するというのは大人でも出来ない人がいますから。
そして今朝。
学校に行く前に 「今日はお天気悪いみたいだね、お昼頃から雨が降るって。」 と娘に言うと、娘は 「そっか、でも今日は雨でよかった。」 と言いました。
「何で?」 と聞くと・・・
「だって、お天気良かったら校庭で●●くんを見付けるの難しいもん。 雨だったら教室にいるからすぐ見付けてごめんねって言えるでしょ?」
あぁ、そっか・・・
今日が雨でよかった。と。
そして、娘の気持ちがその男の子に届くとイイな。と思いました。
今、アタシが小学生だった頃にはなかったくらい、何でもかんでも親が関わってきます。
中には 「え?!こんなコトで?!」 と思うようなコトまで親が首を突っ込んできます。
そういう時にいつも思います。
こんなんでいちいち親が出てきて、子供自身が自分で解決しようとする力や善し悪しの判断が身につくのかな?と。
子供の判断だけではどうしようもないコトに親が手を貸すのは当たり前ですが、過度にしゃしゃり出るのもいかがなモノかと思う今日この頃です。
子供の話をよ~く聞いて、一緒に考える。
しばらく我が家はこのスタンスでいこうと思います。

