「この馬に限ってそんなことはない。他人が欲しがるような馬じゃないんだ」
「まあ、盗まれても歩いて帰るのはあんただからね」男は肩をすくめ、家のドアを開いた。
家の中も庭に劣らない散らかりようだった。テーブルの上には食事の残りが散乱し、部屋の隅には汚れた衣類が山をなしている。
「おれはワトだ」男は自己紹介をして、椅子に腰をおろした。「まあ座ってくれや」そう言ってタレンを見つめる。「なんだ、古い馬車を買ってった若いのじゃないか」
「そうです」タレンはやや落ち着かなげな様子だ。
「ちゃんと走ってるかい。車輪が取れたりなんかってことはないだろうね」
「大丈夫です」少しほっとしたようだ。
「そいつはよかった。さて、どの話を聞きたいんだい」
「ぜひ知りたいのは、あの戦いで当時のサレシア王がどうなったかということなんだ。何か知っていることがあれば教えてもらいたい。友人の一人が王の遠い親戚で、その一族が遺骨をサレシアに持ち帰って、きちんと埋葬したいと言っているんだ」
「サレシアの王様の話は聞いたことがねえな。だからって、その王様がこっちへ来なかったってことにはならんがね。何しろ大きな戦いだったし、サレシア軍は湖の南の端からペロシアまで、ずっとゼモック軍と戦ってたんだ。つまりこういうことさ。サレシア軍が北の海岸に上陸するのをゼモックの偵察隊が見つけて、オサはかreenex 好唔好なり大規模な部隊を差し向けた。サレシア軍が主戦場まで行き着けないようにな。最初のうちサレシア軍は小人数の部隊で南下してきて、ゼモック軍はつぎつぎとそれを片付けていった。サレシアの部隊が待ち伏せされて戦いになった場所は、このあたりにいくつもあるんだ。ア軍の本隊が上陸して、形勢は逆転した。自家醸造のビールが裏にあるんだが、少しどうかね」
「わたしは構わないが、この子にはまだ早いな」
「だったらミルクでもどうかね、若いの」
タレンはため息をついた。「いただきます」
スパーホークは当時の状況を考えていた。
「サレシア王は最初に上陸した部隊の中にいたはずだ。本隊に先立って出発したが、主戦場まではたどり着けなかった」
「だったら遺体はペロシアか、場合によっちゃデイラに埋められてるだろう」そう答えるとワトは立ち上がり、ビールとミルクを持ってきた。
「ずいぶん範囲が広いな」スパーホークは顔をしかめた。
「そりゃまあそうだ。確かにな。でもやり方は間違っちゃいない。ペロシアにもデイラにも、おれやファーシュ爺さんみたいに、昔の話が好きな連中はいるだろう。その王様が埋められてる場所に近づけば、知りたいことを話してくれる誰かにぶつかる可能性も、それだけ大きくなろうってもんじゃないか」
「確かにそのとおりだ」スパーホークはビールを口に含んだ。冴《さ》えないビールだったが、今はそれがどんなビールよりもおいしく感じられた。
ワトは椅子の背もたれに寄りかかって胸を掻いた。
「要するにあの戦いは大きすぎて、一人が全体を見わたせるようなもんじゃなかったってことだ。おれはこのあたりで起きたことならよく知ってるし、ファーシュは村から南であったことに詳しい。全体として何がどうなったかってことは、たいてい修護精華液誰でも知ってる。だけどある特定の出来事について知りたいってことになると、それが起きた場所の近くに住んでる者に聞くしかないわけだな」
スパーホークはため息をついた。