人差指と薬指にまつわる話・・・とっても奇妙だ?!

令和8年5月8日〔金〕【第3388号〔本年第113号〕】

  一昨日・6日(振替休日)は、松本善之助先生の『ホツマツタエ発見物語』(「古事記」の原書)を読み直したり(と言っても相変わらず、ちっとも理解していないが・・・)、桂樹佑さんの『大和言葉は古代シュメール語で解読できる!』を、(コチラは、またまた、中断)読んでみたりしてて、そして、夜は、ユーチューブ動画で、以下の先生方のお話を聴いて・・・で、すごく特別なコト、と思ってたのに、何と何と!?!?昨夜、OCAT四階の講堂での、「楊式太極拳」の時間では、ホンマ、びっくら こいた。。。

 

  まず、上の 「以下の先生方」というのは・・・・・

 

 瀬戸内寂聴さん(1922/5~2021/11)、樹木希林さん(1943/1~2018/9)、美輪明宏さん(1935/5~)、保江邦夫先生 等々。(保江邦夫先生以外は、おそらく、ご本人のお声では?と思われる感じ。)

 

    で、

 

  先生方のお話の共通部分を拾うと、

 

  薬指が人差指より長い人は、特別な人・・・滅多にいない。

 

  が、昨夜、びっくらこいたのは、我が「楊式太極拳」の美人三人・・・三人とも、揃って、薬指が人差指より長い!! じゃあ、みんな 特別、て 一体どういうコト?!

 

 

  私も、勿論、薬指が人差指より長い・・・1cm ほども長い。私の場合、中指がちんちくりん過ぎるのかなぁぁぁ?! 右手(片手)で自撮り、一発!!

 

 

   (今日の午後、福島駅で関学教授に会うが、、この話もしてみようか?)

 

   先生方の お話に 戻る。

 

  以下、箇条書きする。 (元のユーチューブ動画の話をギュギュギュッと圧縮する・・・)薬指が人差指より長い人は、

 

①人を引き付ける、引き寄せる、「場」を変える、「場」をまわし、「場」を和らげる、「流れ」を繋ぐ、②(優柔不断にみえて、実は)決断力がはやい、直感力が鋭い、感受性が豊か、③チャレンジ精神が旺盛、人からモノを頼まれやすい、④空間認識能力が高い、数字に強い、⑤「金運」もあるが、しかししかし、人の為に尽くし過ぎる傾向があり、自己犠牲的。⑥クリエイティブな才能がある、アーティストだったり、文才がある、音楽的センスもある、⑦睡眠パターンが通常の人(=人差指が薬指よりも長い人)とは違う、

 

  「保江邦夫先生は、かくかくしかじかおっしゃっている」というお話を展開されていた方は、シューマン共振、とか、エンパス体質等々のお話もなさっていたようだが・・・また、「薬師如来」のお話も出てたり・・・生前の、というのか、母親の胎内にいてる時に、テストステロンホルモンが多かった、云々、のお話も。

 

    何せ、

 

   薬指が人差指より長い人は、滅多にいない、十人に一人もいないようなお話だったのに、なんで?! 昨夜、「楊式太極拳」の・・・・・私のクラス、まったく真逆じゃないの?! 新人のYMYさん一人だけ、人差指が薬指より長い、、、外の人、私を含めて、十人は、薬指が人差指より長い。

 

  と、いうコトは、

 

  そもそも、太極拳に嵌った人は、みなさん、そういう「例外の人たち」なの?太極拳をする人、みな、変人?! それとも、太極拳をやっているうちに、もしかして、薬指がぐんぐん 伸びたの?! という話が展開できる。一体、どういうコト?! ホント、奇妙過ぎる。。。

 

  ウチのカミさまも実は、薬指が人差指より長い。カミさまは、「人差指が薬指より長い、そんな人がおるか?!」と昨夜、言うとった、😵 

 

   先生方のうち、どなたか、おっしゃっていた。「自分を大切になさい!」と。というのは、人の為に尽くし過ぎる傾向があるので、本来、光り輝く人なので、与えるだけでは、ご自身が枯れてしまうから、気をつけなさい、と。

【追記、2026/5/8  7:55】今朝、五時、「道場ライン」にドラゴン君から、左手の写真が入電。ドラゴン君も、また、薬指が人差指より長い!!

  今朝、(アップロードの際)、書き漏らしていたけれど、TQ君も(昨夜もいつも通り、五階の中華・旺宴で一緒した・・・)、同じく、薬指が人差指より長い。我が業界、「太極拳」は、やはり、変人の集まり?! と、益々、疑念が深まった。まじ、今日の午後、教授に「研究テーマ」をあげるコトにしてみようか?と 自問中。※「エンパス」は、AIに拠ると、「他人の感情、身体的な感覚、或いは場の空気を自分のことのように深く感じ取ってしまう、非常に共感力の高い人」を指す、とある模様。

   

 

  

 

   

 

  

 

 

 

令和8年5月6日〔水・振替休日〕【第3387号〔本年第112号〕】リブログ3度目。道場生のシンちゃん用。 

  昨日の朝、北深井道場で、沙国政・何福生のお二人のお名前が、脳内、スッと出なかった、お昼ご飯時に、やっと思い出した。「何福生太極拳」でググッたら ↓ ヒット した。 1980年、日本武道館に観にいった? たぶん。。。由美かおるさんが、正面に坐っていたような薄い記憶が。。

 

 

 「李徳印対練」でググッたら ↓ コレ。

 

 

  ↑、検証しないまま、とりあえず アップした。

 

重複するけど、

 

 

   ↑ 間違えた !! 確認していない、存じ上げない・・・・・私の出てるのは 「炎林陳」、、コレ、サカモトさんがあげてくれたモノ ↓

 

 

 

 

  ところで、明後日、教授面談用メモ・・・・昨夜、アップしたけど、あの程度で間に合うか、どうか?? 

 

  シンちゃん、頑張ってや!! マッちゃん(元消防士)も ! 頼みますよ!!

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日後=5月8日 午後に教授面談あり、その為のメモ。

※本通信内の「プロフィール」と内容、重複する箇所有り。

 

令和8年5月5日〔火・こどもの日〕【第3386号〔本年第111号〕】

     太極拳の文献に初めて接したのは、おそらく、1972年の秋頃に、上八の大阪外大・中国語研究室で。 『太極拳運動』(人民体育出版社 1962年刊)に。

 

 初めて、生の太極拳に接したのは、1975年6月末、、三浦先生、上原先生の講話&中野春美さんによる実技、在、梅新の尼信ビル。 西天満公園でも?【参加者の名簿を作らされた・・・】

 

 『新体育』雑誌に連載された、「簡化太極拳」を転載・翻訳して、テキストを造った。

 

 1976年1月から、北は、土曜日に南森町(西天満)で、南は、水曜日に南田辺・阿倍野青少年センターで定例練習を始めた。

 

  初めて中国人太極拳講師に接したのは、1977年11月。お二人の先生=顧留馨先生&周元龍先生。【福昌堂発行の季刊誌・『武術』第六号(1984年8月発行)に寄稿した。題して「推手の効用を探る」、、前年、1983年9月に福昌堂の東口敏郎氏と懇意になって、係る展開になった。】

 

  大阪府日中友協と上海市対外友好協会との関係の中で、上海太極拳友好代表団の第1回来阪・講習は、、1979年10月18日~1979年12月30日・・・・

   講師は周元龍先生、王菊蓉先生、、通訳は肖強先生(上海交通大学教授?) 

 【周元龍先生との交流については、『武芸』(1998年夏号)に追悼文を寄稿した。】

 

  私的には、二回目の訪中だったが、1979年1月(1/14~1/25)、「太極拳友好の翼」で、上海ほか三都市を訪れた。三浦先生団長、一行、120名ほどで、大阪からは24名が参加した。後に、東京の方で揉め事になったけれども、ココではソレに触れない。

 

  1980年8月7日~8月14日、三回目の訪中では、周元龍先生から「楊式太極拳」の特訓を受けた。

 

  第二次上海太極拳友好代表団(1981年5月9日~7月7日来阪)は、講師は紀光宇先生&馮如龍先生で、通訳は金泰克先生。

 教授の欲しい情報は、「太極拳歴&太極推手歴」(個人史)のようだが・・・私は、この時、「推手も教えてください」と代表団にお願いした記憶がある。泉佐野の大阪府立勤労青少年センターで合宿研修を受けたように憶えている。なお、代表団を来賓として、大阪太極拳同好会→大阪太極拳協会創立した・・・45年が過ぎた。

 

  第三次上海太極拳友好代表団(1982年6月7日~7月20日来阪)は、邵善康先生&陳俊彦先生。通訳=許建国さん。

 

 邵善康先生から教わっている様子は、『武術』第六号(1984年8月発行)に写真有り。

 

 1982年に来日した武術代表団のパンフレット原稿も、徹夜しながら書いた。(四都市か五都市で公演した。)

 

 因みに、私の「楊式太極拳」のベースは、周元龍先生と邵善康先生から教わったモノ。、周元龍先生とは、お手紙のやりとりだったけれど、邵善康先生は、その後も何度か、拙宅と職場にもお電話をいただいた。2015年1月、80歳でご逝去された。因みに、「酔拳」の本家は、ジャッキーチェンではなく、邵善康先生であるコトを世間の人は知らないだろう。(=教授面談には不要な情報?)

 

 第四次上海太極拳友好代表団(1983年5月14日~7月16日)で来られた何炳泉先生にも、推手ではボロボロにされた。もう、時効になるけれど・・・何炳泉先生は、陳式太極拳は得意だったけれど、簡化太極拳は知らなかったので、来阪前に、弟子である尹金陵さんから教わった、そうだ、確かに確かに。当時、何炳泉先生は、簡化太極拳に限っては、実技は私にやらせていたから。     一旦、ココまで。

 

  

  

  

 

  

 

今朝は、おフロ(ふれあい温泉矢田)往きは、無かった・・・・・

令和8年5月4日〔月・みどりの日〕【第3385号〔本年第110号〕】

 昨夜、23:30 頃、かなりな降雨だった、、今朝、3:30  頃も。

でもでも、4時には、雨、あがっていた。今朝は、いつもより早めの家出=5:40  だった。ちょい、コンビニに用(=コピー)、あったから。

 

 大和川、だいぶん増水していましたねぇぇぇ!

 

 万代池の周回、三回目をサボってベンチに座ってたら、G田さんから、質問が。いやいや、ビックリ!?!?した。ワケわからん質問、飛び出したから。彼のメモ、「貼連粘走」だったかな? ネットで見つけた、とかおっしゃっていたけど。コレに対し、「てんねんれんずい」、と、カナでググったら、私の、過去記事(校正の為のヤツ)に当った。ソレ、見てもらうように言った。まぁまぁ、しかししかし、彼の「自修の姿勢」自体はすばらしい!!でも、スカばっかり掴んでいると、上達の妨げ?

 

 今朝は、リカちゃんの友人?の 何さん(杭州出身)登場!! 何さんの太極拳は、牛春明師の系列、と。おぉぉぉ!確かに確かに、という雰囲気の動きをしていた。20年やっている、とのコトで、まだすごく若いから、「推手」をやれば、大いに上達しそう。

 

  で、月曜日の朝の・・・

 

 太極拳アフターは、ここんとこ、必ず→ふれあい温泉矢田、だったハズなのに、、

 

 道場主は、「鶴橋に行こう!」と。

 

 8:30  に公園を離れて、9時には、もう 鶴橋。6台ほどしか入らない小さな駐車場(愛媛ナンバー、岡山ナンバーの車が停車中だった・・・)、「4番」に入ったら、即「満車」に。「山亀」という、道場主のお得意さん、いやいや、お店側から言えば、「道場主が、お得意さん!」・・・・ソコで、道場主がお金を渡して、伝票を受け取って、と ほんの数分のやり取り。「山亀」は近鉄・鶴橋駅のすぐ裏、すぐ下、ていう感じのトコロに位置していた。

 

  道場主、今度は、「奈良に行こう!」と。まっ、「🚙はちょくちょく走らせないと機嫌が悪くなる」、というのが道場主持論。。

 

  まぁ、ともかく走る走る。。。。。

 

  鶴橋から、上本町、森ノ宮、高井田、水走、、第二阪奈ですねぇぇぇ、、ドンドコドンドコ・・・・・阪奈トンネルは、一体、イツ出るん?という具合に長い長いトンネルだった。

 

 トンネルを抜けると、壱部、宝来? もう、ともかくノンストップ。

 コレ(朱雀門) ↓も車中から、

 

 

 

   24号線(京阪奈)に入ると、ちょっとゴチャゴチャ、、世間は、連休ですものねぇぇぇ!  

   ↑天香久山 ?(11:05頃) 何せ、道場主、ビュンビュン、走らせるから。

  道場主は、ナビは視ません!!

 

   24号線を南下して、郡山、橿原、五條、、今度は、西へ。

 

 


  五條 →橋本→高野口、、 で、63号線(根来街道)を今度は北へ。

  26号線を走り、空連道(481号線)も通って、29号線

 

  コレ ↓は、止まって写した。

 

  関空連絡橋。。

 

  泉佐野漁港青空市場は、とんでもなくごった返していた。

 

  食堂に入るのは諦めて、市場で、(クレハラ商店で)お寿司、買ったて、結局、車中でいただいた。

 

  前に降りた、御所のトコロ、降りる、かと思ったけれど、道場主は、「飯より🚙」の人 だから。。

 

  29号線、北上中、またまた、混雑している、と思ったら、

  やっぱり、お巡りさんが出て来て、「検証中」の場面に遭遇した。

 

 

  お昼ご飯、13時過ぎにいただいて、、結局、帰宅=14:30  だった。道場主は、🚙を走らせていたら、アドレナリン全開 です、とってもタフです。。 

ともかく、今日は、大きく大きく右回りした、という感じでした。。。

 

 

  五年前、赤目滝の時は、まだ、ちょびっと歩いたが、今回は、まったく走りっぱなし だった。

 

  流石に、連休だからか・・・・府外ナンバー(千葉、豊橋、福井等々)、やたら多かった。

 

  一昨日、大仙公園の新緑もとても綺麗 だった。。。。

 

 

 

  

 

  

振り返れば、G.W. は、三十数年間、バタバタ・・・隙間時間は無かったのに、今は、ゆったり!!今日は、ごく普通の「日曜日」だった。

令和8年5月3日〔日曜日・憲法記念日〕【第3384号〔本年第109号〕】

  G.W. 期間中に、「公認太極拳指導員認定講習&試験」は、今以て変わらない。93年スタートだっけ?今日、大仙公園退園間際に、扇に興じていた集団、というのか、ご婦人連中に、「93年」と、応えた、「お暇になったので(二年前に引退したので)、ココに来れている」とも。

 

  記憶、あやふやだけど、「指導教本」・・・・1991年1月~3月、長澤松雄先生に鞭入れられて、三カ月間ほどで、、突貫工事のような感じで作成した。「実技テキスト」は、ソレから二年後? あの時は、年末年始の休み返上 だった。ソレ等を振り返ると、今は、めっちゃゆったり!! 年寄らしく。。。

 

   今朝は、10時ジャストに大仙公園いり・・・

 竜佐山古墳前広場のベンチでちょい休息、というのか、「坐功」ですねぇぇ、実は。誰も眼につかないような位置で。

 

  後ろ(南側) からは、「練功十八法」の曲が流れていた。荘元明先生も亡くなられて何年になるのだろう? いやいや、そんなコトを坐っている時に、考えて、とか、執着していたワケではないけど。

 

  今朝は、ドラゴン君に、三つ、言った。①鬆肩(ソンチエン)、、相手の手が自身の肘にある時には、「肘」で処理するコト。コレ、もう何度も言ったけど。②うでが、躯幹から離れたら、ソレは、「散」・・・アカン!!背中のジョイント(勁源)を、しっかり!しろ。③仰身しないで、瞬時に身中垂直線を確立、仰身している分だけ対処が遅れている、と、 三点。

 

 ドラゴン君に厳しく言ったけれども、、まぁ、しかししかし、彼は「平均」からすれば、抜群に高いレベルを持っいるので、私的には、安心して、とても気楽にやれている。もしも、彼に接しているのと同じ程度のコトをやれば、引っくり返ってしまうような方は、無茶苦茶仰山いてるので、その意味では、余計な神経を使わなくて済むから、とてもありがたい、、得難い存在だ、彼は。

 

  大仙公園おケイコアフター→いろは食堂、と思ったら・・・先発で(チャリで)行った、Y△さん&モッチーが、「満席!」と引き返してきたので、結果→御陵通食堂。

G.W. 期間中なのに、お客さんは、寧ろ、普段の日曜日より少なかった。

今日は、①カレーライス、②牛すき焼煮、③おひたし、④みそ汁、をいただいた。

 

 

 12:40  、四人の会食、お開き!!

 

 13:00  ~ 14:30  は、蔵前西・さらさの湯、だった。

コチラは中々の混み具合 だった。