私がバプテスマ(洗礼)を受けようと思ったとき、福岡にいた友達と(その当時私は熊本)転勤する前から飲み(お酒)に行く約束をしていた。
友達にバプテスマのことを話すと「縁切る」などと言われ脅された。
私は友達をとても特別な宝だと思ってたし、約束を破ることは殺人を犯すことと同じに重罪だと思っていたので、縁を切られるのもいやだと思い、彼女が出した提案(飲みに行く約束を果たしてからバプテスマを受ける)をOKした。
その日、お祈りして宣教師に何と言うべきか尋ねてみた。
私の祈り:「天のお父様、私は必ずバプテスマを受けますので、その前に友達との約束を果たさせてください。そうすれば教会の心象も良くなるし友達にもいやな思いをさせないで丸く収まります」
祈りの答え:「だめです。」
私の祈り:「どうしてですか?私は必ずバプテスマを受けるのにどうして友達との約束を守る事がだめなんですか?約束を守らないことは悪いことなのに・・・」
祈りの答え:「だめです。まず神様のことを第一に考えなさい。」
私は「そうか、正直に話してくれたら宣教師は許してくれる」と思い、翌日正直に宣教師に話しました。
私:「友達とずいぶん前から飲みに行く約束をしていたので、約束を果たしてからバプテスマを受けます。友達との約束は大事だし、縁を切られたくないから」
宣教師:「うん、そうだね。でも、私はバプテスマを受けようと思ったときから飲むことを辞めたよ」と言い、聖句を薦められた。
「まず神の王国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて添えて与えられるであろう。第三ニーファイ13:33」
祈りの答えと同じ事を宣教師に言われ、それが一番大事なことだとわかった。
帰ってから友達に電話し「約束は守れない。私は今現在からお酒を飲むことを止めます」と言うと友達は、「わかった。じゃ、食べに行こう」と言い、それからお酒で窮地のときは、いつも助けてくれた。この経験を通して祈りは応えられること、宣教師が神様の使いであること、神様のことを第一に選べばすべてうまくいくことを学びました。