手術の遍歴
鼻の美容整形 の歴史は古く紀元前からあります。その昔刑罰で鼻削ぎが行われ、その人の為に鼻の再建手術が行われました。インドの造鼻術と言って上腕を顔に近づけ、その腕の皮膚を鼻にしばらく付け、血流が通ったところで腕から切り離す手術があったことは有名です。また額の皮膚を剥ぎ反転させ、その支柱として木、象牙、鼈甲などを使い鼻を再建したようです、この皮弁技術は実は現代でも行われています。近世に入り美容医療として活発になった頃、主に象牙や陶器を使った隆鼻術がメインでした。質感が硬く折れてしまったりトラブルも多かった様です。より柔らかい質感を求めてオルガノーゲンシリコンジェルを鼻の注入医療も一時は流行しましたが、一度入れてしまったジェルは除去困難で一生吸収されない為トラブルが多発しました。そこでシリコンブロック(プロテーゼ)が開発され今でも広く使われています。また、欧米では単に鼻を高くする手術だけでなく、骨を切ったり軟骨を削ったりして鼻を小さくする手術も昔からあり、近年更に盛んに行われるようになりました。
● プロテーゼ(人工軟骨)、自家組織
プロテーゼは人工軟骨とも呼ばれ、ペースメカーの材料になったり義眼の一部として医療分野で広く活躍しています。その安全性は確立されており、美容医療で鼻を高くする場合に良く使用されています。自家組織は耳介.肋骨.大鼻翼軟骨、側頭筋膜などを使用します。場合によっては鼻骨自体を部分的にカットし取り出してから加工して使用する事もあります。ただ、自家組織で全て解決しようとすると問題もあります、自家組織の採取には限界があり、例えば高い鼻を希望された場合、側頭筋膜や耳介軟骨では量的に足りず、希望の高さまでいかない場合が多々あります。また、側頭筋膜、真皮移植の場合、組織の収縮現象で後々変形してくることも大いに有り得ます。よって私(木村)は鼻筋をつくる隆鼻術では、自家組織のみでの手術は行わずプロテーゼとのコンビネーションを併用しています。また、最近新しい分野で自己組織培養による軟骨育成法というものがあります。しかし、この培養には多額のコストがかかり、時間も数ヶ月から年単位を要し、移植した培養軟骨も収縮するので、結果は未知であり確立された方法ではありません。よほど担当医と話しされて納得した方のみが受ける手術だと言えます。
●鼻翼縮小(小鼻縮小)
小鼻が張って形の悪い鼻に対する手術です。(鼻翼縮小を,問診表で「尾翼縮小」と書く人が複数いましたがその書き換えは不可です。)さて正規の手術は鼻翼基部外側を主に内側も含めて切除縫合する手術であり、これは昭和28年刊行の「鼻の成形外科」を見ても、今とほとんど同じ術式が書かれてあり、古くから確立した手術と言えます。
この手術で難しいのは切除後の断面を合わせ縫合する際、上下の辺縁の長さが違い、考えて縫合しないと最後の方で歪みが来てしまいます。
そうとは言っても、まあデザインさえ適切ならばキチンとした結果が出せる手術です。デザインの奥義は、切除後の縫合時、軟部組織は伸びるので5mm切除しても5mmの縮小になるのではない。という点です(これはH18年度の日本美容外科学会で発表してみました)。
●鼻尖縮小
鼻先が丸い,大きい(だんご鼻)と気にされている方は「鼻尖縮小」です。(鼻尖は「ビセン」と読みます。「ビトツ」と読んだ患者さんが居てびっくりしました。)この手術は鼻翼縮小と反対に手術術式は画一でなく、また各ドクターでやっている事が随分違い、現在に至っても術式が確立してない手術と言えます。
私個人の術式ですが、この手術において皮下軟部組織除去+軟骨縫合は当然であり、加えて軟骨縫合後の歪み修正の為に軟骨部分切除も必須で行います。軟骨縫合後は僅かな鼻尖挙上を伴うため、鼻尖を下げる目的で切除軟骨を移植もします。移植軟骨のボリュームが必要時は耳介軟骨移植もします。また狭義の鼻尖縮小だけでは鼻尖の少し上方の鼻筋の太さや鼻翼(小鼻)の膨らみが目立ってしまうので、私(木村)は鼻翼も含めた鼻の下1/2の軟骨.皮下軟部組織除去も行うことも多いです。これにより太い鼻もスッキリした鼻に変われます。私は経過を見て術後自宅で使用する外固定をして頂いたり、極細注射による剥離を行う場合もあり、それにより太さの調整を行えるようにしています。
●整鼻術
ワシ(鷲)鼻などで鼻が大きい場合は「整鼻術」です。ワシ(ハンプ)切除+鼻骨基部骨骨切り.正中移動をします。麻酔は静脈麻酔+ブロック麻酔+局所麻酔です。全身麻酔の事もあります。
ワシ鼻が軽度の場合は鼻骨基部骨切りを行わずワシ鼻部中抜き手術(学会発表済み)です。これらは1週間はテープ&ギプス固定です。
骨切りの 腫れは2週間位は目立つと考えて下さい。鼻周辺に内出血の色が黄色く出ることも基部骨切りでは多いものです。
鼻の下半分を小さくスッキリ仕上げるのは鼻尖縮小+鼻翼も含めた鼻の下1/2の軟骨.皮下軟部組織除去(上述)です。
●多数回手術後の変形例の再手術
手術は回数を重ねるほど難しくなるものです。写真の症例は皮下に厚い瘢痕が存在していましたから、これを出来るだけ切除してスッキリした鼻になるようにすると伴に、変形の著しい左の鼻翼に対しては耳の軟骨と皮膚を一塊に移植(皮膚軟骨同時移植)して再建しています。また鼻のプロテーゼを細いものに入替しました。これで大分自然になりましたが鼻尖.鼻翼の上をもっと細くという希望と右の鼻孔を少しだけ被せるという希望から行った手術結果が向かって右の写真です。このような再手術は非常に難しく執刀医にとって困難を極めるものです。

美容整形のクリニックをするときに、どんな点を注意すればいいでしょうか?
以下に美容整形クリニックを選ぶ際のポイントをまとめました。

貴方の希望を聞いて、それに対して医師としてきちんと説明してくれるか?
貴方の希望を何でも聞き入れてくれる医師は、良くない医師です。
貴方の希望に最善の方法で尽くすのが医師の役割ですが、最初から無理な治療であっても「大丈夫ですよ」と安易に答えてしまう医師が多数います。特に「僕に任せておけば大丈夫」という言葉を使う医師ほどかえってトラブルをおこすリスクが高いので注意しましょう。

美容整形 に必要な料金を事前に明確に提示しているか?
こんなあたりまえのことをやらずに手術のあとの通院費用などがかかってしまう場合があります。
手術そのもの、手術の後に、事前にどれだけの費用がかかると、明確にしていない場合は非常に危険です。

カウンセリングと手術する医師は同じか?
クリニックによっては医師ではなく、看護師やカウンセラーが行う場合があります。美容外科におけるカウンセリングは適応の診断です。手術を行う医師以外のカウンセリングはトラブルの元凶です。
悪徳業者では、何の資格ももっていないカウンセラーがカウンセリングを行う美容整形外科がありますが、本来カウンセリングは医師でなければできません。

美容整形のリスクも含め適切に説明しているか?
手術は良いことばかりではありません。リスクもしっかり話してくれる医師でなければ問題が起きる可能性があります。

キャンセル費用がかからない
やはり美容の手術は不安がつきものですね。事前にやめたくなることもあると思います。そのようなメンタルな問題に配慮をしてくれるか、というのもクリニックを選ぶ際の大切なポイントです。

カウンセリング費用が発生する
医師の診察が“無料”という広告をときどきみかけますが。
タダほど怖いものはありません。
このような場合は、後々非常に高い請求を受けることがあります。
また、そのような美容整形クリニックでは、申込み後にキャンセルをする場合キャンセル費用をとるところが多いでしょう。
受ける側も真剣に考えています。当然、提供する側にも誠実に対応してもらう必要があります。そのための「大切な時間」をお互いに保証する意味でも、カウンセリング費用が発生する美容整形クリニックをオススメします。

美容整形 クリニックが清潔か?
実は日本では、手術室の環境基準が存在しません。見た目がキレイなだけの手術室では意味がありません。定期的に細菌数や滅菌処理など、通常の医療基準に沿った管理を行っている環境を提供しているか確認しましょう。

手術後のアフターケアがしっかりしているか?
手術後のサポート体制も十分確認する必要があります。「うちはアフターも充実していますよ」という言葉だけで信用するのではなく、くどういったアフターケアがあるのかしっかりと確認することが大切です。

タバコの歴史を紹介します。
タバコの軌跡
近年、喫煙は「ND(ニコチン依存症)」という病気として捉えられるようになり、さまざまな喫煙関連疾患の危険因子であることも明らかになってきたことから、世界的にも禁煙の動きが広まっています。しかし、今では健康に害のあると認識されているタバコが、どうして何百年もの長い間多くの人々に愛される存在であり続けたのでしょうか。タバコのはじまりから、今日までを振り返ってみましょう。

はじまり
「タバコを吸う神」のレリーフ タバコは自然界における最大の科の1つ、ナス科タバコ属に分類され、南米アンデス高地で誕生したと考えられます。アメリカ大陸で壮大な都市文明を発達させたマヤ族は、中米で早くからタバコを使用していたことが知られており、メキシコ.チアパス州のパレンケ遺跡には、「タバコを吸う神」のレリーフが刻まれています。マヤ文明が繁栄していたころ、メキシコの中央高地のアステカ族では、タバコは神事祭事の折に神々に捧げる香として、戦勝祈願や予言、占いの折の供物として、病気治療の医薬として用いられたほか、特別な場合に王侯貴族、勇敢な戦士、武装商人、老人らによって喫煙されました。

出会い
15世紀後半、中米のマヤやアステカなど「メソアメリカ」と呼ばれる地で欠かせないものとなったタバコ 文化や風習は、コロンブスとの出会いによって、ヨーロッパに伝えられ、さらに世界を巡ることになりました。
黄金の国ジパングを目指して、船を西へ西へと進めたコロンブスは、スペインのパロス港を出て70日目、1492年10月12日に西インド諸島に到着しました。コロンブスは、岸辺に集まった先住民達に帽子やガラス玉を与えました。それに対し、先住民が差し出したものの中に、「香り高い乾燥した草の葉2~3枚」があったのです。これがタバコです。

伝播
16世紀の半ばごろ、ポルトガルのリスボンに駐在していたフランス公使ジャン.ニコはタバコの薬効を確信していました。彼は苗や種子をフランス宮廷に献上して、時の皇太后カトリーヌ.ド.メディシスの頭痛を嗅ぎタバコで治したと言われています。後年、タバコに含まれるアルカロイド物質は、このニコに因んで「ニコチン」と名づけられることになったそうです。
15世紀後半に始まった大航海時代の波は、ついに日本にも及ぶこととなりました。タバコも、ポルトガル人やスペイン人らの手によって、ヨーロッパからアジアの国々へ、そして日本の長崎や鹿児島へもたらされました。

刺激の文化
香辛料、コーヒー、ココア、茶、タバコなど、大航海時代の波に乗って世界中に広まった嗜好の品々には、ある共通するものがあります。それは『刺激』です。その刺激には、人間の味覚や嗅覚に対するものと、中枢神経系に対するものとがあります。コショウ、ナツメグ、チョウジなどはインドやモルッカ諸島から、トウガラシは中南米からヨーロッパにもたらされたものです。コーヒーはエチオピアからアラブの人々を経て、ココアは中米メキシコから、タバコなどとともにヨーロッパに伝わりました。茶は、鎌倉時代に中国から日本に伝わったものを、オランダの東インド会社が輸入したのが最初と言われています。昔から世界各地に存在していた酒が、中枢神経の働きを一時麻痺させるのに対し、コーヒーや茶に含まれるカフェインやニコチンは、中枢神経への軽い刺激によって、心地よい覚醒感や鎮静効果をもたらしました。同じ新大陸の「依存性」の植物でもコカは、もっぱらアンデス高地の先住民のものとのイメージから脱却できなかったのは、タバコとは対照的で興味深いことです。

万能薬
アメリカ先住民にとって、タバコにはさまざまな役割がありましたが、その中でヨーロッパ人が最も感銘を受け、理解しえたのは医薬、万能薬としての側面でした。特にペストの大流行(16世紀後半~17世紀中ごろ)などに対し、医学がそれほど有効な治療法を確立できていなかった時代は、新世界からもたらされた未知の植物であるタバコは、またたく間に万能薬に祭り上げられてしまいました。ひとたび異文化の壁を越えると、タバコは確実に浸透していきました。タバコに含まれるニコチンの依存性が、さまざまな意味で人類を虜にし、タバコの浸透を助けたと言えます。18世紀に入ってもタバコは依然として、医療目的ないしは病気の予防のためという理由に大いに支えられていました。

反タバコ
このように、世界中にタバコ が広まり、受け入れられていきましたが、医学者も含めて、当初からタバコの普及に反対する者がいたことも忘れてはなりません。早くからタバコの習慣性が認識されていたこともあり、タバコは万能薬どころか身体に悪いと主張する論者もいたのです。また痰壷の使用など、喫煙の見栄えの悪さを批判する者や火災の危険から反対する者などがありました。さらに異教徒の風習として非難する向きも多く、教皇庁は聖職者のタバコの使用に対して何度も禁令を発しています。

喫煙病
19世紀後半には一種の職業病と考えられていた肺がんは、1930年代に入ると英国や米国、ドイツの学者らによって喫煙との関係が指摘されるようになり、50年代に研究が急速に進展しました。その結果、60年代前半には喫煙と肺がんの因果関係について、英米において公式な報告書が出されるに至ったのです。そして今日では、喫煙は“喫煙病(依存症+喫煙関連疾患)”という全身の病気であると認識されるようになり、治療が必要と判断されています。