前回のポストの通り、息子の小学校を見ると、台湾の性教育はなかなか進んでいるという印象がある。そこで台湾と日本の公教育での性教育について少し調べてみた。参考にしたのは、

 

台湾:「國民中小學九年一貫課程綱要健康與體育學習領域」(小中学校の“健康と体育”学習領域の学習指導要領、2010年度より実施)

日本:齋藤益子(2018)「わが国の性教育の現状と課題」『現代性教育研究ジャーナル』No.87

 

実は台湾の公教育は現在「十二年国民教育」といって小学校から高校まで十二年一貫のカリキュラムになっている(ただし高校が義務教育という意味ではない)。現在は各教科が新カリキュラムに移行している時期で、「健康與體育」(以下、保健体育)もすでに新しいカリキュラムができているかもしれない。が、おそらくその完全実施まではしばらく時間がかかるだろうから、ここでは旧カリキュラムを参考にする。

 

もちろんカリキュラムだけを比較しても性教育の実状は捉えきれないと思う。台湾の場合、進学校になるほど美術や音楽などの科目が教師の裁量で勝手に受験科目(国語や数学、英語)に変更されてしまう、ということもよくある。保健体育もまさにその犠牲になりやすい科目の一つだ。ただ、カリキュラムに書かれていることは教育部・文科省、つまりその国の教育政策や理念を反映しているという点に鑑みれば、まずカリキュラム比較から始めるのも意義深いと思う。

 

まず日本について。上述の齋藤氏の論文によると、日本では以下の段階で以下の内容を学ぶ。

 

小学4年生:体の発育・発達についての理解(男女の体つきの特徴、初経、精通、変声、発毛、異性への関心)

 

中学1年:心身の機能の発達と心の成長(生殖器の発育とその機能、射精、月経により妊娠が可能になること、異性の尊重、性情報への対処など)

 

中学3年:健康な生活と疾病の予防(エイズや性感染症、感染経路、感染予防)

 

(高校の性教育についても論じられているが、ここでは割愛)

 

というわけで、概要を見ると一通り基本的な知識は教えているような印象があるけど、なんだかその書き方が後ろ向きだ。例えば、小学校、中学1年、中学3年、(高校)それぞれの項目の一番最後に必ず、「指導に当たっては、発達の段階を踏まえ学校全体で共通理解を図ること、保護者の理解を得ることなどに配慮することが大切である」という一文がある。そりゃそうなんだけど、なんか毎回毎回このフレーズを目にすると、本当に教育する気があるのか???(保護者から少しでも反対意見があれば教育しないのか?)と思えてくる。

 

また論文によると、中学の性感染症や感染経路の指導欄には「性交」という言葉が出てこない(代わりに「性的接触」という表現を使う)。実際、齋藤氏がいくつかの小学校で性教育の授業をした時も、「性交」という言葉を使わないようにとのことで代わりに「交尾」という言葉を使った、というエピソードが紹介されている。

 

日本の性教育の問題点として論文で指摘されているもう一つの点は、性に関しては結婚生活と合わせて教育すること、となっていることだという。つまり、結婚生活の中で必要な時に避妊をする、その方法の一つがコンドームなのである。そのため、例えば中高生に対して「コンドームの具体的な使用法」というのは、授業の中で教えるのは不要とされているのだという。

 

論文では日本の性教育の課題として、「学校教育の中に性教育が位置付けれられていない」「学習指導要領に必ず付されている歯止め規定がある」「コンドームの教育は家族を作るという前提での教育」「子どもたちの知りたいことや必要なことはベールに隠された情報となっている」(齋藤 p.8)などが言及されている。

 

これ、2018年の論文なんだけど、、、大丈夫か、日本??? と言いたくなる。

 

では、台湾の方はどうか。保健体育で扱う学習項目は「成長、発展」「人と食物」「運動技能」、、、など7項目に分けられていて、性に関しては「成長、発展」で扱われている。その時期は「小学4-6年」と「中学1-3年」(九年一貫なので教育段階が1-3年、4-6年、7-9(中学1-3)年の3段階に分けられている)。

 

特に性に関する部分だけに特化してまとめると(*ちょっと翻訳がうまくありませんがご容赦ください)

 

【小学4-6年の学習内容】

-各年齢層の生理変化:生殖器官の成熟、両性の第二次性徴、青春期の生理問題(月経など)への対応、など

-両性固有のイメージや発達における影響:性別の平等と尊重、異性との尊重と礼儀を持った付き合い方、ハラスメントや侵害行為の避け方、など

-性的方面の行為、異なる信念や価値観:人類の性愛と愛情表現、異なる社会での性表現の受容度や信念、正確な性観念、など

 

さらに最後の項目(性的方面の行為)には、「建設的な方法で愛と性を表現すること、並びに性行為は夫婦間の愛を表現する一つの親密行為であることを理解する」とある。

 

【中学1-3年】

-仕事、家庭、人間関係、家庭生活での性と性別概念の運用や分析:性と性別の特徴、男女間の好き・愛・迷恋の違い、異性交遊での原則、性と妊娠出産の関係、胎児の母体内での成長過程

-性と愛に対する社会規範と影響:法律と性行為の規範、青少年の妊娠・堕胎問題、婚前性交渉の責任と結果、避妊と性病予防の責任、セクハラ等の予防、性とエロの違いを話し合う

 

となっている。一字一句訳した訳ではないので、興味のある方は実際のカリキュラムを参照されたい。

 

日本の学習指導要領に比べて、書き方がとてもストレートな感じがする。また日本のように「学校の条件や社会資源、保護者の要望、学生のニーズに合わせて指導するように」という注意書きがあるにはあるが、それは保健体育全体の一般原則として書かれており、特に性教育の項目に限っての注意書きではない。

 

ちなみにカリキュラムと実態は違うだろうと思い、学生たちに「月経、精通」「セックス」「セックスの仕方」についていつ学校で勉強したか、と聞いてみたところ、答えてくれた学生たちは「どれも全て中学の時」あるいは「最初の2つは中学でセックスの仕方は高校1年で」と答えてくれた。科目としては保健体育や生物の授業の時だそうだ。(上記のカリキュラムは2010年度から実施なので、もしかすると彼らが小中高校生の時はその前のカリキュラムだったのかもしれない。)

 

1人の学生が非常に革新的な性教育をする公立の中学校に通ったようで、全校で性教育があり、全体講義の後、大学生のお兄さん・お姉さんと小グループに分かれて、男子学生には生理用ナプキンが、女子学生には偽の陰茎とコンドームが配られ、それぞれ使ってみる練習をしたこと、女子学生は男の大学生に、男子学生は女の大学生にそれぞれ性に関して質問して一緒に討論したこと、学校の先生全体が性教育にオープンで授業の時に時々自分の性生活について話してくれたこと、などを報告してくれた。

 

さすがにここまでオープンな教育をしている学校は台湾でも少ないとは思うが、とりあえずカリキュラムの比較だけでも見えてくるのは、なんとなく余計なことは話したくない、生徒たちを刺激したくないという日本と、早いうちからストレートに必要なことを教えよう・考えさせようという姿勢の台湾。詳しく知りたい方は、下の資料をご参照ください。

 

「國民中小學九年一貫課程綱要健康與體育學習領域」

http://teach.eje.edu.tw/data/files/class_rules/healthy.pdf

 

齋藤益子(2018)「わが国の性教育の現状と課題」『現代性教育研究ジャーナル』No.87

https://www.jase.faje.or.jp/jigyo/journal/seikyoiku_journal_201806.pdf