ミュージカル‘エリザベート’の死(トート),魂を侵食する魅惑的な踊り! (newstage) | XIAHSTAR

ミュージカル‘エリザベート’の死(トート),魂を侵食する魅惑的な踊り! (newstage)

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女性と男性の境界に置かれたような中性的な動作、時にはささやく高音で時にはハスキーな低音で境界を行き来して誘惑するキム・ジュンスの二重的な声は観客が予想できない巧妙な配合を作り出した。 他のどんな領域にも完全に属しないのにその何も魅惑させてしまう超越的な‘死(トート)’の存在を自身が持った特有の両性的な魅力に感受性を加えて魅力的なキャラクターで復活させた。



儚げに奏でる高音
エッジの効いた曲で存在感を増すハスキーボイス
指先まで魂を込めたしなやかなダンス

私たちが愛して止まないジュンス
チョンシャと呼ばれるジュンスが創り上げた
魅惑的なトート







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http://www.newstage.co.kr/news/view.html?section=2&category=75&no=14271


[キャラクターin]

ミュージカル‘エリザベート’の死(トート),魂を侵食する魅惑的な踊り!
キム・ジュンス‘死(トート)’、独特の存在感で舞台圧倒


2012.04.10 16:40入力
2012.04.11 02:09修正



金髪に黒い翼を持った死の天使が恐ろしいように美しい踊りを広げれば間違いなく‘彼’が現れる。 甘い誘惑の言葉、耳元でささやく幻想のようなメロディは聞く人の胸の内を貫くように心を揺るがす。 ‘私だけが君を理解することができる’という暖かい‘彼’のささやきは冷たく冷めた胸中孤独な心に悪魔のように入り込んで魂を侵食して行く。


ミュージカル‘エリザベート’でストーリーの中心に立つ人物は皇后エリザベートだが、ストーリーの背後に立っているのは意外にも‘死(トート)’だ。 自由だった幼年時代を送った後ドラマチックな偶然に一瞬オーストリアの皇后の地位に上がったエリザベートは自由を奪われたまま人形のように操られる生活を送ることになる。 見えない糸で魂をぎゅうぎゅうに縛られたエリザベートの運命は糸に両腕をぶら下げた人形劇と表現され,事実自由を失った皇后の魂を支配していく存在は‘死(トート)’だ。


作品の作曲家であるシルベスター・リーヴァイは過去のインタビューで‘死(トート)’に対して“魅力的に観客を誘惑するキャラクター”と説明した。 付け加えて“魅力的だというより観客に死に対する恐れを振り切るようにする強い力がある”と話して、“死を恐れたからだの具合が悪い女性が作品を見た後幸せに暮らそうと思う意欲を持つようになった”という感動的なエピソードを聞かせることもした。 シルベスター・リーヴァイの話のように作品の中‘死(トート)’の魅力は致命的だ。 人も獣でもなくて、天使でも悪魔でもないこの存在を何と表現したらよいだろうか。 あたかも足の爪を隠した鷹のように速くて、足取りを殺したヒョウのように官能的な身振りでターゲットの急所にあいくちをさす。


野獣が餌を狩猟するために身を処するならば、‘死(トート)’は標的の永遠の愛を手に入れるために死の天使らと魅力的に踊る。 死の天使らと‘死(トドゥ)’がエリザベートを相手に誘惑しようとする者と抜け出そうとする者の関係の中で広げる激情的な踊りは逆説的にも非常に美しくて華麗だ。 エリザベートはもちろんで観客までも死の天使とともに彼の踊りに陥る。





正体を規定できないほど多彩な‘死(トート)’の容貌も興味深い要素だ。 特に、‘死(トート)’の歌にはこのような彼の多様な容貌が含まれている。 エリザベートとヨーゼフの結婚式の日“君の選択が果たして本心であろうか。 彼に向かった幻想は錯覚であるだけ”と歌って、“最後のダンス、私の最後ダンス。 結局は私とともに。 ただ私だけのもの”と叫ぶ姿は狂気じみた嫉妬に捕われた‘愛に陥った男’だ。 だが、エリザベートの息子ルドルフに“何を迷うだろう。 世の中を救援して。 今こそ、それが運命. 崩れるこの世界君だけが手に入れることができて”と反逆を督促する姿は人生の希望を壊す‘悪魔’のような姿だ。


作品は‘死(トート)’をそのどんな方向でも事を決めない。 エリザベートの憂鬱な感受性で生まれた象徴的な彼の存在はエリザベートの心理的変化により時には孤独を満たす愛で、時にはすべての希望の糸を放したい絶望に変化して絶えず影のようにエリザベートの後を追う。 彼がエリザベート“私だけが君を理解して自由を与えることができる”と話すことまた、もしかしたら当然だ。 ‘死(トドゥ)’はまぎれもなくエリザベートが作り出したもう一つの自身であり、抗うことができない暗い欲望の再現であるためだ。


舞台の上で3人3様の‘死(トート)’に会えるのもミュージカル‘エリザベート’の風変わりな面白味だ。 それぞれ違う個性を持ったリュ・ジョンハン、キム・ジュンス、ソン・チャンウィが各自の解釈で魅力的な‘死(トート)’を多様に表現している。


特に、キム・ジュンスの‘死(トート)’は観客に好評を受けただけの独特の存在感で舞台を圧倒した。 他の2人の俳優より年齢も幼い彼が人間でないキャラクターに対してどんな答を出したかも疑問だったが帰ってきた答は意外性ある魅力的な解釈だ。 単純に官能的な男性的キャラクターで皇帝ヨーゼフとエリザベートの間の三角関係を構成するよりは女性でも男性でも、人間でも神でもない‘境界的存在’で現れてきわどい境界の上で致命的な美しさを表わした。


女性と男性の境界に置かれたような中性的な動作、時にはささやく高音で時にはハスキーな低音で境界を行き来して誘惑するキム・ジュンスの二重的な声は観客が予想できない巧妙な配合を作り出した。 他のどんな領域にも完全に属しないのにその何も魅惑させてしまう超越的な‘死(トート)’の存在を自身が持った特有の両性的な魅力に感受性を加えて魅力的なキャラクターで復活させた。

パク・セウン記者