「はい、カット」
監督の声が響き渡ると、張り詰めた空気が緩んだ。
これが撮影であることを忘れ、役にのめり込んでいたハヤトは、ルイを見つめたままうっとりとしていた。
「ハヤト」
ルイの形の良い唇が動く。
こんなに近くでハヤトの名を呼んでくれるなんて奇跡だ。
その唇に触れたい。
先ずは唇ではなく、指先でその柔らかさを確認したい。
「ハヤト」
ためらうハヤトを誘うように、またルイの唇が動く。
ハヤトは愛情を込めて、指先を伸ばした。
「あ、痛っ」
ルイの唇に触れようとした途端、指先に痛みが走って、ハヤトは伸ばした指先を引っ込めた。
見ると指先には波状の跡がついていた。
「早くどけ」
ルイはつれなくハヤトの体を押し退けた。
「酷いよルイ。歯形つけるなんて」
「ハヤトがいつまでも動かないからだろ」
「当たり前じゃないか。恋人といちゃついて何が悪い」
「恋人なのは撮影の間だけだ。カットの声が掛かったら魔法は解ける」
さっさと行ってしまいそうになるルイを引き止め、ハヤトは顔の前で両手をくねくねと動かし唱えた。
「アブダカダブラ」
「何だよ、それ」
「しっ、ルイに魔法かけてるんだよ。ずっと恋人でいるように」
「ばか」
パチンとおでこを叩いたルイの顔は微かに赤く染まっていた。
続く