軽いエンジン音を響かせ車が止まった。
パワーウインドウが音もなく下がると、暗い夜道に温められた暖気と、カーラジオから軽いポップスが流れ落ちた。
「乗りなよ」
聞き慣れた声なのに、激しい胸の鼓動を感じて僕の足が止まった。
「いい、歩いて帰る」
吐いた息が白い靄になって立ち昇り消えた。
その靄の向こうに煙って見えたユチョンの顔が困ったような笑顔を浮かべる。
「いいから乗って」
「いいって」
「乗って」
「だからいいって言って・・・」
「乗れ!」
拒絶の言葉を断ち切るように強く言い放ち、運転席から身を乗り出すと助手席のドアを開けた。
行先を遮るように開けられたドア。
このままでは前に進むことは出来ない。
それでもまだ乗ることを躊躇する僕に、焦れたユチョンがサイドブレーキを引いて車を降りた。
車を挟んで目が合うと、さっきの言葉を思い出し、僕は後退った。
「お願いだ、ジュンス」
切なる声に、やはりさっきの言葉を思い出す。
乗ればその言葉を受け入れることになるのだろうか。
僕はどうしたいんだ。
いや、どうなりたいんだ。
前にも進めず、後にも引けず、このままここで凍り付いてしまうのか。
「ジュンス、頼む」
ユチョンが懇願の言葉を吐くと、白い息が濃い靄となって立ち昇った。
ユチョンの顔が煙る。
その時一陣の風が吹いた。
冷たく、でも迷いを払う風。
僕はドアに手を掛け、助手席へと身を滑り込ませた。
外の冷たい空気を払うように、エアーコンディショナーは暖気を吹き出し続けていた。
ドアを閉じると同時に、ユチョンが運転席に座った。
サイドブレーキを戻すと、車は静かに夜の街を走り出した。
「ユチョン、僕・・・」
「いいんだ。今はこれで」
ユチョンがカーラジオのボリュームを上げた。
低くかすれた声でが、哀切なバラードを奏でる。
「君を愛するのは罪なの」
さっきの言葉と同じ歌詞に、僕は大きくかぶりを振った。
ユチョン。
僕も君を愛してる。
Fin.
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シナトノカゼ
科戸の風
罪や汚れを吹き払うという風。
愛するのは罪なのか。
否。
シナトノカゼを吹かせるのは愛を司る神々なのだから。