君は風のように心の中に忍び込んだ。
君の事を知らない日々を今では思い起こすことも出来なくなってしまった。
君は当然のように側に居て、その笑顔で俺を幸せにし、そしていつの間にか苦しめた。
恋と言う感情はいつも突然現れ、消そうとしても消せない。
気付く間もなく根づいたそれは、打ち消す度に悲鳴を上げて胸を引き裂いた。
これが友情ではなく、肉体的欲望を伴った恋だと初めて知ったあの日。
君の声を、君の姿を、君の激しくなる息遣いを頭の中で想像し、何度も何度も懺悔の言葉を呟きながら抑制できない君への想いを吐き出した。
白く散ったそれを拭った時、俺ははっきりと己の中の恋心を認識した。
そして絶望した。
俺の恋の相手は口に出せるような相手では無かった。
俺達はその垣根を乗り越えてはいけない同性だったのだから。
呟いてふと顔を上げた。
鏡に映る己の姿に、小説の主人公の姿を重ねる。
本を閉じると窓辺へと歩み寄り、出窓に腰掛けた。
俺は一人でピアノのあるレッスン室にいた。
作曲の真似事を始めたばかりの俺は、いっぱしの作曲家気取りで夢中になって鍵盤を叩いていた。
何度弾いてもなかなか気に入ったものが出来ずに、俺は手を止めて溜息を吐いた。
「何で止めるの。せっかく僕のピクニック気分にぴったりだったのに」
誰もいないと思っていたレッスン室のもう一台のピアノの陰に隠れるように寝そべっていた君がふいに声を掛けてきた。
ジュンスだ。
同じレッスンをしている仲間だが、親しく話したことはない。
明るく天真爛漫な彼の周りにはいつも取り巻きが居て、どちらかと言えば誰とも群れない俺は彼が気になりながらも話す機会がなかった。
さっきから何度も弾きなおしているところを弾いてみる。
その言葉に俺の心が不協和音で満たされた。
恋に落ちた瞬間だった。





