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《スペース共感に溶け込んだキム·ジュンス、彼の6年》
-キム·ジュンスの音楽に共感した時間

▲EBS提供。アップコリア。
[アップコリア=ナム・ジウ文化評論家]
"見えない瞬間にも花は咲いていた"キム・ジュンス6年ぶりの初放送、スペース共感はこの文句で始まった。2012年1集Tarantallegra、2013年2集INCREDIBLEそして2015年3集Flowerまで。
この頃時代に見るに稀な10曲以上の内容で充実いるアルバムを着実に出した3集歌手だが、彼の歌を今まで放送で接することができなかった。
それでも強く自分だけの歩みを歩いてきたこの若い歌手の努力を認められたかのように、スペース共感は放送の初の開始から「共感」の真の姿を見せる。
見えない瞬間にも美しく咲くために激しく戦ってきた花はどんな姿なのか、スペース共感を通じて覗いて見ることにしよう。
1.愛は雪花のように
共感舞台での最初の選曲は「愛は雪花のように」だった。
2012年ドラマ「優しい男」のOSTで大人気を呼んで音源チャートに長時間残っていた。
キム・ジュンスの歌のなかで最も大衆的に知られた歌だと言えるが、終わりなく上がる高音で聞く人、息を止め鑑賞させる曲でもある。 そのような歌をウォーミングアップなしで初めから歌うというのは多少果敢な選択という気がした。観客との距離がとても近いせいなのかそっとぎこちない表情をつくった。
キム・ジュンスだったが、歌を始めるやいなや怖いほど没頭する彼はやはり11年目歌手。その高い音程をただ一度の揺れもなく歌いドラマチックな感性を繊細に表現やり遂げる。そんなにキムジュンスは初の舞台から公演会場の観客とブラウン管を通じてみせて視聴者の心をとらえ公演の開始を知らせた。
「6年ぶりに音楽放送でごあいさつすることになったXIAです。」最初の歌を終えてキム・ジュンスは震える声で手にあまる挨拶をした。声だけさびしく聞こえる小劇場で歌うことが夢だったという彼はその夢まで叶ってうれしいといい、近い観客と最後まで交感する公演を作ってゆくと言った。
2.Reach
二番目曲はアコースティックバージョンでアレンジしたという3集収録曲「Reach」だった。スタンドマイクをとり新感覚の「Reach」を小劇場舞台で歌うとすぐに公演会場はライブカフェに変わった。「君の心の傷を洗えるならば時遅い後悔だけど全身で叫ぶよ。 君だけだと。」
自身の経験談を溶かしたキム・ジュンスが直接作詞したという別れを後悔する男の告白が入った歌詞だ。ところで彼はこの切々とした歌詞を限りなく甘い声と表情で歌う。
稚気が満ちた気持ちで別れの話を吐いたがそのまま後悔した男が帰ってきて恋人の怒りを解くために歌う場面が思い浮かぶ瞬間だった。
もしそうだとしたらどんな女性がこの甘い告白を再び受け入れられないんだろうか?
3.11時その程よさ
「別れました。でも別れてそれを信じられない。あまりにも悲しくて心が痛み酒を飲む。僕は酒を飲めないけれど感じは分かる。酒を存分に飲んでその日朝起きたのが11時5分。そんな話で始まる曲。」
歌う前に、キム·ジュンスは「11時、その程よさ」の説明を付け加えた。そして2分以上の時間の間無伴奏で静かに彼の声だけで歌う。今回はさっきと違う。本当に徹底した"別れ"だった。ミュージカルでの経験のおかげなのか、彼は別れた男の心を歌うのではなく、本当に別れた男になった様だった。お酒を思いっきり飲んだ翌日のベッドに腰かけ乾いた喉で未練を囁く。キム·ジュンスの小さな息やすすり泣きさえも音楽であった。そして続いてチェロの重みも哀れな音律が絡まって「11時、その程よさ」は、心の中にさらに、深く降りて座っている。空虚な囁きに歌が終わると、感嘆が自然に出てきた。 5分にもならない時間の間一編のドラマが目の前をかすめるようにした。別れた恋人を忘れられられないで、まだ空の家の中で彼女の歓迎を追う男の話。彼の表現力は本当に優れていた。

4.黄金星
初のミュージカルデビュー作である「モーツァルト」のナンバーである「黄金星」。劇中モーツァルトを拘束しようとする父とさらに大きな夢を渇望するモーツァルトの後援者である男爵夫人が歌う歌だ。モーツァルトのナンバーではないが彼には本当に意味深い曲とキム・ジュンスは説明をした。
当時前所属社との法的紛争で大きな変化を経ている時世に叫びたかった言葉が黄金の星の歌詞の言葉にあったという。痛い大衆の視線と冷淡な記事を吐き出す記者たちに反論したかった言葉で、当時を思い出させて説明をするキム・ジュンスは声が震え始めた。実際の劇中で歌を聞くときは常に涙が出たという。
彼の言葉で6年前彼が耐えなければならなかった苦しみの重さが感じられた。城の中に拘束しようとする王から抜け出し城壁の向こう側の黄金の星を探し離れようとする王子の話。それは大型所属社のアイドルとして残り人気を営む簡単な選択もできたのに真の人生を探すために大変な選択をしなければならなかった彼の話と同じだった。世の中に向かって叫びたかったという歌詞である『愛は拘束しないこと、愛は自由におくこと時には痛みも甘受しなければならない。愛は涙、それが愛。』の部分で彼の泣きが染み出てきた。キム・ジュンスと歌の中の王子が重なる瞬間だった。いまだ王子は黄金の星を探すための旅の道にあるけれどそれでも彼はこのように立って歌っている。
5.Loving you keeps me alive
歳月を飛び越えてキム・ジュンスは彼の五回目ミュージカルの主人公ドラキュラになった。
再び出会った恋人の心を変えるためにすさまじく愛を叫ぶ歌。
『あなたを初めて見た瞬間息さえもとめることができなかった。その名前ほどに囁いても私の世界は震える。私たちの縁は時間を越え共にする運命。 もう私に帰ってきて僕とおどる。明け方に向かって。』劇中400年間ひとりだけを愛してきたドラキュラの心が嵐のようにあふれ出るようだった。
そして可能であれば全身で歌うキム・ジュンスにそのまま帰りたい歌でもあった。
6.願いを聞いてくれる「ジニータイム」
「皆さん、長らくお待たせしました。今日はやらない思ったでしょうけど...」観客席では驚きが混ざった歓声が出てくる。キム・ジュンス公演の専売特許コーナーであるジニータイムはこの日スペース共感でもまちがいなく成り立った。ジニータイムで唯一引き立って見えるのはキム・ジュンスと彼のファンたち間の呼吸。6年間公演で共に積み重ねた内面空白を見せるようにファンたちは歌詞を準備してくる準備を見せて、突然にマイクを渡しても完ぺきに歌をついて歌いキム・ジュンスの弾性までかもし出した。キム・ジュンスはやはり願いが難しいとし困り果てながらもファンたちの三種類の歌の願いを完ぺきに成し遂げてくれた。練習なしで無伴奏で歌うのにこんなに上手く出来るとは。
本人は自身がジニーでないというのだが、彼のファンたちにはすでに完ぺきなジニーであるようだった。百間はは一見にしかず。ジニータイムは直に見るのを推薦する。
面白味と音楽性を二つとも捉えたキム・ジュンス公演のブランドコーナーだ。
8.花
雄壮なオーケストラ伴奏と特有の重たさが特徴だった「花」はやはり小劇場公演に合うような編曲になっていた。
共感での「花」の導入部は荒涼な岩山を思い出させる。
続けてキム・ジュンスはその霧の中、岩山を探索するように用心深く歌う。かたい偽りで覆いかぶさった山。そこで数多くの夢は踏みにじられたし死んでいた。
Come take my hand。最初キム・ジュンスの口から出てきたリフレインは暗くて冷たい岩山で岩山でむなしいこだまのように鳴り響いた。だが、もうその叫びは力をのせて行く。
手を握ってほしいというその叫びは絶叫になって広まった。ところでその絶叫は寂しい岩山から僕を救ってほしいという柔弱さではなかった。 どんな険しい試練をむかえても絶対あきらめないから自分の手を摑まえ僕を信じてというその何より強靭なメッセージであった。そのメッセージが胸の短刀のようにささるとすぐに鳥肌が立った。岩山に勝てずすべての花が咲けなくてもくずれた時、たった一つの花だけが山の奥深いところに真実として根をおろして生命力をかき集めてだ青い花びらを咲かせたのだ。そんなな花が差し出す手を私たちは捕まえずにはいられないはずがない。
<動画ソース= TheEbsspace動画>
9.アンコール-上り坂
「皆さんと僕が...。共に今まで多くの変化を経て、今日が舞台に立つことさえも共に一歩一歩歩いてきた道を歌を歌います。「上り坂」です。アンコールでもう一度舞台に上がったキム・ジュンスはその時初めて6年間の話を少し放ち始めた 大韓民国歌手なのに放送に出られなかった6年。それはたった彼が24才という幼い年齢の時から体験しなければならなかった事だった。
彼は初めて『大変だった』と言葉に出した。大変だという言葉さえいう機会が与えられなかったキム・ジュンスはそれでも自分が歌を歌い舞台に立つことができたたのはファンのおかげだと話して必死に涙とをこらえた。そして自身の心を伝えるために「上り坂」を歌い始めた。
6年ぶりに痛みをだしたからだろうか最初の小節からキム・ジュンスは声には涙がはらんでいた。『愛しているこの道を共に行くあなた あえてつらい僕を選んだあなた...』の部分から彼は結局崩れ始める。力に余った登り坂を共に歩いたファンのために歌おうと彼がファンたちにしたかった話だったせいであろうか。 結局感情は彼を襲って歌を中断するに至る。作為的な演出でないな本心それ自体だと目に見えて心が痛かった。キム・ジュンスはしばらく舞台を離れ、観客席に残っているファンたちは熱い涙を流した 歌手とファンが全てつらい登り坂の記憶が頭の中で走馬灯のようにかすめていったのだろう 。それでも耐えることができたことはその誰もあきらめなからなのを帰ってきたキム・ジュンスの二度の「上り坂」でもう一度感じることができた。6年間積み重ねたお互いに対する信頼と感謝。百節の話よりキム・ジュンスの歌と表情で濃厚に感じられた。
<動画ソース= EBSCulture(EBS教養)YouTube>
刹那のような1時間だったがキム・ジュンスの6年を見ることができた貴重な時間だった。見えない所でキム・ジュンスは激しい成長痛を体験した。そしてそれによって音楽的な部分はもちろんキム・ジュンスという人自体もその深さが到底言えないほど深くなっていた。何年か前のコンサートで放送に出て行くならばファンに対して感謝することを忘れず必ず伝えると約束したキム・ジュンスはその約束をついに守った。6年前あどけない顔で世界の終わりに一人で残されたように歌ったていた彼がいつのまにか成熟した男になって自身と共に大変な道をのぼってきたファンたちのために世の中で最も手にあまった声で歌った。感動に違いない。
インタビューでもキム・ジュンスはコンサートとミュージカルの客席をいっぱい満たすファンたちの心を当然だとは思わなと繰り返し強調した。そして10年後も自身の音楽を聞きに来るファンがいるなら小公演会場でも真心をもって変わらずに歌うと明らかにした。逆に今受けている愛をその時返したいと。

今の人気が負けでも少しの間だけでも自身のファンだった人々がファンであったというその事実を絶対後悔しないほどの素敵な歌手として残りたいというキム・ジュンス。 彼の放送出演が自由になるのを心より望む。彼が持つ音楽の力と真の強さがあらわれるならば世の中は変わるだろう。
それが恐ろしくて誰かはキム・ジュンスの道をこれからも防ごうとするだろうが彼は今まで守ってきた信念とまっすぐさで歩みを止めないだろう。そのような彼が差し出した手をどうしてつかめずにいられるだろうか?
最後にこの先の道がより一層期待される歌手キム・ジュンス。 そして彼の手を一番最初に恰好良くとった"スペース共感"に熱い拍手を送ってこの文を終える。
[UPKOREA]
記事元(チングちゃんよりの翻訳にちと手直しです!!)

[動画&サジン&GIFお借りしました]