1983年の夏の話し。
小学5年生の夏休みの移動教室。
大都会の真ん中、六本木の交差点を日常の縄張りとしていた僕らにとって、港区が箱根仙石原に構える「箱根ニコニコ高原学園」への2泊3日の遠征は、『川口浩探検隊』のような未知なるジャングルへの大冒険にふさわしかった。
高速をひた走る観光バスの車内は、すでに興奮のるつぼである。
何しろ、親の目から解放された「たった2回の夜」が向こうからやってくるのだ。
そんな第1夜。
消灯時間を過ぎた部屋の暗闇のなか、敷き詰められた布団の海に潜り込むと
「おい、お前はクラスの誰が好きなんだよ」
部屋の隅でマセた奴が、薄暗闇のなかで仕切りに盛り上がっている。
だが、そんな大人の階段を急ぐ奴の問いかけに、ぼくらは布団を顎まで引き上げ、照れくさそうにこう吐き捨てるのだ。
「そんなの知らねぇよ〜。」
なんだかんだで、まだ中学生にもなっていないガキなのだ。
めんどくさい色恋トークのシャッターをガシャリと下ろしてしまう。
恋バナを盛り上げるには少し早かった。
この手の話が大いに盛り上がるには、あと2年は必要なのだ。
周囲の奴らも、巻き込まれたくないので、まだまだダンマリ。
結局、マセた奴は不満げに寝返りを打ち、ぼくらの部屋は、明日の朝のカブトムシを捕まえる話やキン肉マンの必殺技といった、じつに健全でくだらない馬鹿話の泥沼へと戻っていくのだった。
そんな青臭い雰囲気に包まれたまま、僕らのニコニコ学園の1日目は更けていった。
明けて2日目。
最大の試練である金時山登山が僕らを待っていた。
金太郎伝説の残るその山は、東京の舗装道路しか知らない僕らのヤワな足腰に、情け容赦ない急坂を突きつけてくる。
額から滝のように汗を流し、喘ぎながらたどり着いた標高1212メートルの頂上。
おそらく登山口は1番短い、乙女峠コースだったのだと思う。
登りきった頂上は、霧におおわれて幻想的だったことを覚えている。
山頂でスポーツドリンクを飲んだ。
「アクエリアス」だったか
地獄の金時山から解放された、その日の夜。
初めてのキャンプファイヤーに完全にテンションのタガが外れた僕ら5年1組の男子は、レクリエーションで盛り上がる。
空いた時間に色画用紙や空き缶をこねくり回して作った、やたらと巨大な手作りの「ビールのジョッキ」。
それを片手に、全員でいかがわしいサングラスを顔に張りつけて、蝶ネクタイを付けた。
当時テレビで外人のお兄さんたちが美味そうにビールをあおっていた、アサヒのコミカルなCMのマネである。
「せーのっ!」
「♪俺は村中で一番モボだと言われた男〜」
『洒落男』の榎本健一(エノケン)バージョン、小学生のハスキーな声で大合唱した。
そして迎えた、運命の第2夜の消灯時間。
事件は起こった。
レクリエーションの余韻でアドレナリンが収まらない大部屋。
だが消灯の時間が訪れる⋯。
そこに突然、不届きな侵入者が現れた。
なんと、2組の担任の先生である。
ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべたその先生は、消灯後の僕らの部屋に特別に忍び込み
「おい、怪談だぞ……!」
と、おどろおどろしいお化け話を語り始めた。
2組の先生の粋なサプライズに、大部屋は一転して
「ワーワー!」
「キャーキャー!」
と、耳を突き刺すような悲鳴の嵐に包まれた。
しかし、楽しさの絶頂は一瞬にして凍りついた。
ガラッ!と激しい音を立てて襖が開き、仁王立ちになった別の先生が、地獄の底から響くような大音量で怒鳴り込んできたのだ。
「うるさいっ!!!」
一瞬で静まり返る大部屋。
怒り狂った先生の鋭い眼光が暗闇の中で僕らを見下ろす。
その瞬間、信じられない光景が僕らの目に飛び込んできた。
さっきまで調子よく怪談を話していたはずの2組の先生が、怒鳴り込んできた先生にバレないよう、大部屋の暗がりのなかで気配を消し、息を呑むようにして「ジッ……」と硬直しているのだ。
(おいおいおい! あんたが火をつけたんだろ!!)
ガキどもの心の叫びなど露知らず、その卑怯な大人は、暗闇の同化カモフラージュで完全に見事なステルスモードに入っていた⋯。
結果、怒り狂った先生のターゲットになったのは、純粋に乗っかって騒いでいた僕らだけだった。
「今叫んでた声は、○○と○○だな! ちょっと来いっ!!」
現行犯逮捕である。
さっきまで悲鳴をあげていた哀れな戦友たちが、恐怖のなかをゾロゾロと連行されていく。
それを僕らは布団の中で死んだように息をひそめて見つめていた。
小学校5年生。
両親から初めて離れて過ごした友達も多かったと思う。
登山にヤラれて、初めてのキャンプファイヤーに興奮し、怪談に怯え、大人にハメられ、大人が逃げ切った、あの理不尽で愛おしい箱根の夜。
すべてを賭けたあの熱い夏の記憶は、今も僕の胸の奥でニコニコと笑い続けている。
箱根ニコニコ学園だけに⋯。



