ふと思い出す。


携帯電話なんていう、人類をせっかちにする電脳のハコがまだこの世になかった頃。
この時代はみんな、テレビや街の本屋の片隅で情報を得ていた。

80年代、東京・六本木交差点。
そこには「誠志堂書店」という、当時の我々にとってはカルチャーの地殻変動みたいな本屋が、交差点に睨みを利かせて立っていた。
新刊の匂いがプンプンする街の本屋の棚。
少年ジャンプの発売日ともなれば、僕ら小学生は鼻息を荒くして突撃したものだ。


あるいは、ちょっと背伸びをして、移転前の麻布警察署のとなりにあった「青山ブックセンター」の本棚の迷宮へ潜り込む。
そこには、近所の商店街の本屋にはない、どこか大人の、外国の、怪しい知の匂いが充満していた。

当時の僕らの頭の中は、じつに忙しかった。
とくに、夏休みになれば『あなたの知らない世界』の再現ドラマにガタガタ震え、宜保愛子さんの霊視に目を丸くする。
そんなオカルトと探検を脳みそに浴びたまま、本屋の児童書コーナーのコロタン文庫の「怪奇全百科」やケイブンシャの「怪奇!心霊写真大百科」などのある棚に突進するのだ。
友達と心霊写真を見て

「う〜!!すげ~っ!う〜っ!!」

とか意味不明に喚きながら興奮していた。




ポルターガイストやUFO、今で言うUMAの本なんてのも人気があった。
団地の掲示板には「口裂け女」のポスターが貼られていた。
世間がまだまだ「都市伝説」に今ほど懐疑的ではなかった。
おおらかな良い時代だったなぁ。



テレビと言えば、あのブラウン管の闇の向こうには、確かに得体の知れない「ナニカ」がのたくっていた。
今のテレビ画面は綺麗だ。
アイドルの毛穴の1個から魚の鱗の1枚まで、ハッキリと無情に映し出す。
だが、綺麗すぎてちっとも面白くないと思うことがある。

スキがないのだ。

僕らが80年代の泥んこ小僧だった頃、お茶の間の主役だったブラウン管テレビは、もっとずっと怪しげで、不気味な闇の匂いがした。
解像度が低い、ということは、つまり「人間の想像力が入り込む余地がたっぷりあった」ということだ。

水曜日の夜は、たまに「水曜スペシャル!川口浩探検隊シリーズ!!」という、あの伝説的な番組があった。
川口浩が南米、東南アジア、アフリカ、オセアニアなどの「赤道近くの灼熱の秘境」に趣く。
もちろん、川口浩探検隊は熱海の秘宝館だとか、あるいは80年代の会社の慰安旅行みたいな温泉地で、ビールが冷えていて、コンパニオンたちがニコニコしているような場所には、逆立ちしたって行かない。

なんせ、赤道近くの灼熱の秘境なのだ。

相手は巨大怪鳥ギャロンや双頭の巨大怪蛇ゴーグや幻の魔獣バラナーゴや原始猿人バーゴンや古代怪魚ガーギラスなのだ。

今と違いアナログ画面の映像だ。
ライトが照らす先は、どす黒い闇。
そこに、何かが一瞬、ヌッと動く。

「あっ、あれはなんだ!」

なぜか、台本でも用意されていたように、カメラが隊員のアップを映す。

僕らは

「おおっ!!」

と、テレビに鼻をこすりつけるようにして、目を皿にした。
だが⋯
画質が粗くてよく分からない。

泥の塊のようでもあり、猛毒のトカゲの頭のようでもあり、あるいは本当に未知の魔獣の尻尾だったのかもしれない。
大人たちは横から「どうせ作り物だよ」と、お茶をすすりながら笑っていたが、僕らは本気だった。



あの不鮮明な、ドロリとした画面の質感そのものが、未知の秘境の「ただごとではなさ」をビシっ!と発信していたからだ。
カメラが激しくブレて映像が乱れるたびに、僕らの心臓もドカドカと激しく波打った。

心霊写真や怪奇特番も探検隊も、あの粗い画面で見るからこそ、腰が抜けるほど怖く面白かった。
投稿された写真の、ピントがボケた背景に写る何か。
何回もダビングされて赤茶けた線が入った心霊ビデオの隅っこ。
そこに、何だかよく分からない「顔のようなシミ」が、じっとこちらを見ている。
正直、「?」という写真や映像ばかりだった。
しかし、今のデジタルカメラなら一発で「木の葉の影」と分かってしまうようなものが、当時のテレビでは、本物の呪いや怨念の塊にしか見えなかった。
あのザラついた粒子の一粒一粒に、昭和の不気味な情念がウジャウジャと宿っていたに違いないのだ。
すべてがクリアに見えすぎる現代は、一見すると便利で正しい。
けれど、闇がただの「光の足りない場所」に格下げされてしまったようで、なんだか少し寂しいじゃないか。

あの頃の僕らは、見えないからこそ、目を凝らし想像した。
分からないからこそ、夜の布団の中で世界の広さと恐怖にガタガタと震え、そして猛烈にワクワクしたのだ。
あの不気味で、おどろおどろしくて、最高に熱かったブラウン管の闇が、今でも無性に愛おしくてたまらない。