10年ぶりの更新...
1週間の意識不明から目を覚ました。
もちろん、後で聞いた話だが、重度の高山病にかかってドクターヘリでネパールの病院に運びこまれて、
1週間もの間、挿管チューブと両手を固定されたまま意識不明だったらしい。
この間、頭がおかしくなったみたいで、部屋についてた男性看護師が旅中に出会った人に似ていて、
その人が看病してくれていると思ってた。(そんなことありえないw)
1週間意識不明と言いながら、途中目を覚ましたと思っている。(時系列が無茶苦茶に)
ちなみに、目を覚ます前日に2人がネパールのその病院に見舞いに来てくれた。
1人は、実の兄。
死にそう、ヤバい!という連絡は、
ツアーのガイドから、北京の日本大使館へ連絡が行き、それが日本の外務省へ。そして兄へ。
兄は、初めに連絡が来たとき、「新手の詐欺」と思ったらしいwww
そして、その兄と同伴でネパールに来たのは、なんと 現在の嫁さんだ!!!!
この時の♡愛♡が死なずに、現世に引きとどめてくれたんだろう。
いっときの間、ベッドから降りる事もできず、用を足したいなら看護師を呼び、「ショート」「ロング」と
いう言葉で、おまるを持ってきてもらいカーテンで遮断!
少し元気になって、ベッドから降りようとすると、10日も歩いていないため、自分の体重をどのタイミングで
力を入れて支えて良いのか覚えてなく、膝がガクッとなる。
座るときも膝を曲げて、よっこらせっと座ることができず、(自分の体重を太腿で支えることができない。
って言っても、死にかけの間、ご飯食べてないから10㎏くらいは体重減ってたぜw)
身を投げるように座らないといけない。
自分でようやく立てるようになって、自分でトイレに行けるようになって、立ったまま小便したときは
感動ものでしたよ。これで男の尊厳を回復したぞーってw
目を覚まして動けるようになったのはいいけど、病院からは外出禁止!!
日本の病院だと、しれーっと外出できるもんだが、入院していたVayodha Hospitalsでは警備員が常駐し、
外に出ようもんなら、部屋に戻れ!と。
なので、見舞いに来た現嫁さんと、屋上にある運ばれてきたヘリポートにバリ近デートしてましたよw
なので、目を覚ましてから帰るまでは病院の敷地内から一歩もでてません。
あと、日本と大きく違うのは、入院時の食事は病院敷地内にあるレストラン(食堂)のメニューから
自分で頼むこと。幸いメニュー表は病室に持ってきてくれるんだけど。
そこで頼んだのは、写真みて美味しそうな餃子(モモ)を頼んだ。
すると、Σ(゚Д゚)することに、病人に食べさせるレベルでない辛さの料理が出された。
マジでカルチャーショックw
動けるようになったら、どこかへ行きたい。
しかし、外出禁止。というより、日本女子医大で勉強してカタコトの日本語が話せる医者から日本に帰ってから
色々と精密権を受けるように言われたyo。
なので、気持ちは帰国へ。
ところが、帰国させてくれない。
主治医が副院長のスーベッシュ。彼が帰国の許可をくれない。
日本語は通じないから、一生懸命英語の筆談で訴えようと紙に書こうとするが、必ず右下がりに文になる。
ならないように意識して書き直しても右下がり。
やっぱ、脳やられてんだね。
久々にブログ書いたら疲れました。
また、気が向いたらUPしますw
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