「全ては健康の上に成り立っている」病気・入院を経て【長文ですみません】この言葉を初... この投稿をInstagramで見る 「全ては健康の上に成り立っている」病気・入院を経て 【長文ですみません】 この言葉を初めて実感したのは20代の頃、3ヶ月以上休まずにエアコン工事を続けていた時に熱中症で倒れ入院したとき。 その頃はヨット等で鍛えたおかげで体力もあり、殆ど病気もせずに生活してきたので、休みなど無くても全然平気だった。 大学を卒業して空調施工会社に入社し、しばらくして会社の主要取引先である、全国チェーン大手家電量販店が倒産。 そこから自分で営業して新たに契約した大手家電量販店の仕事を夢中でこなしていたときだった。 入院は駆け抜けてきた生活リズムが完全停止し、仕事のこと以外を冷静に見つめ直す機会となり、今後の人生の転機になるものだと感じた。 そこで頭に浮かんだのが「全ては健康の上に成り立っている」という言葉だ。 いくら素晴らしい仕事ができても、いくらお金を得ても、健康でなければなにもならないと痛感した。 3日間程度は殆ど意識がなかったようだが、本人的には一瞬の出来事のようにも思える体験だった。 人間立ち止まって振り返り考えることが非常に重要だ。 巧くいっている時でも、走り続けていると気付けないことがたくさんある。 例えば学生時代に車のレースに挑戦していた頃、タイムが伸び悩んだことがあった。 そこそこいいタイムだけど、練習に練習を重ねても誤差の少ないタイムで走れるようにはなるが、更に速く走ることが難しい時期に直面していた。 毎週乗っていたそんな時期に、雪等様々な理由で2ヵ月間ハンドルを握れない事態が発生した。 吹奏楽もしていたが、楽器は1日吹かないと3日戻ると云われるほど、続けることが重要と教えられていた。 しかし、この車に乗れない2ヶ月間を経て久しぶりに乗ってみると、何と簡単にタイムアップするのだ! これこそ、立ち止まって冷静に振り向く機会を得たことで、自分の走りを客観的に分析することが出来たからに他ならない。 そんな転機になるような状況は人生には幾つかあるものだ。 学生時代から見ていくと、吹奏楽とヨットの両立が難しくなり選択を迫られた体験。 先ほどの車の体験。 就職した会社の危機。 入院体験。 自分の会社を立ち上げた体験。 リーマンショック。 東日本大震災。 島への移住。 こんな時に入院体験の言葉を思い出して、人生の歩みを大胆に転換してきたのだが、性格なのか意識せずに、やり始めたらトコトンやってしまうのが難点なのかもしれない。 自分は若いときに鍛えていた体力に任せて、空き時間があればそこに更に出来ることを詰め込んでしまう。 これは、妻には大変な負担だったのではなかろうか? 妻は体力はあまり無いが、根性は相当なものを持っている。 こんなやり方に根性だけで食らいついてきて、とうとう力尽きたのが今回の入院の原因であろう。 地域のために出来ることをやろうと、夫婦二人で全力で取り組んで来たけれど、そんな想いの実現のために危うく妻の健康を奪い去るところだったと考えると、ゾッとするし、本当に申し訳ない思いでいっぱいになる。 思い返してみると、地域おこし協力隊として島で一緒に活動し結婚したけれど、どこに旅行に行ったわけでもなく、遊びに行ったわけでもない。 冷静に振り返ってみると、これって不幸かもしれないですよね、、 今までの人生、振り返ってみたら「人のため」に何かすることがテーマというか、主体となっていました。 人生の節目となるこの機会に、キチンと立ち止まって冷静に振り返り、これから残り少なくなってきている人生を少しでも愉しく生きていけるように考えることにしようと思います。 少し自分たちのことも主体に考えなければならないですね。 僕も気付けば50代前半。妻は50代目前。 充分に体力があるうちに、一度きりの人生悔いなく愉しく過ごせるように Akihiko Narita(@akihiko_narita)がシェアした投稿 - 2020年Jun月15日am6時56分PDT