錦心繍口
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「ニセ患者扱い許せぬ」 水俣病行政認定求める川上さん 提訴の思い環境省で訴え

2004年の水俣病関西訴訟最高裁判決で被害を認定された原告団長の川上敏行さん(82)=大阪府東大阪市=が9日、環境省で記者会見。熊本県を相手取り、水俣病認定と、1973年に行った認定申請を処分保留され続けている不作為の違法確認を求める訴訟を熊本地裁に起こしていることをあらためて説明、「ニセ患者扱いされているとの気持ちが強く、提訴した」と訴えた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070709-00000023-nnp-l43

ソニー、新筐体で薄型・堅牢なVAIO type T――フラッシュ搭載モデルも

 ソニーは17日、ワンセグ放送に対応したホームユーザー向けモバイルノート「VAIO type T」の新モデルなどを発表した。発売は5月26日。新しく設計した厚さ約22.5ミリの薄型ボディーで、外装にカーボンファイバー積層板を採用して「ねじり強度」を大幅に高めたことなどが特徴となる。5月9日にインテルが発表した新セントリーノ デュオの採用は見送られている。  店頭販売モデルは「VGN-TZ50B」、直販サイト限定のカスタマイズモデルは「VGN-TZ90S」「VGN-TZ90NS」「VGN-TZ90HS」。VGN-TZ50BとVGN-TZ90SのインストールOSはビスタホームプレミアム、VGN-TZ90NSはビスタビジネス、VGN-TZ90HSはホームベーシックだ。  直販サイト限定のカスタマイズモデルでは、CPUにコア2デュオを選択できるようにしたほか、4色のカラーバリエーションを用意。HDDや光学ドライブをさまざまな構成に入れ替えることが可能だ。標準の1.8型HDDを32ギガバイトのフラッシュメモリーに変更できるほか、光学ドライブの有り無しも選べる。 http://it.nikkei.co.jp/pc/news/index.aspx?n=MMITdc000017052007

モヘンジョダロ 塩害で崩壊進む インダス最大級都市遺跡

【モヘンジョダロ(パキスタン南部)で栗田慎一】インダス文明最大級の都市遺跡モヘンジョダロ(1980年に世界遺産登録)で、塩害によって遺跡の崩壊が再び進んでいることが明らかになった。90年代に日本を含む各国の援助で大規模な修復や塩害防止策が図られたが、パキスタンが01年9月の米同時多発テロ後にアフガニスタンでの米国の対テロ戦争に協力する“前線国家”となり国際的な発掘調査は途絶えた。遺跡周辺の治安が悪化したため遺跡の保護が困難になっていた。
 00年10月に遺跡を撮影した写真家、武居台三さん(47)と今年2月に現地入りし、当時の写真を基に被害を確認した。
 半乾燥気候で地下水の塩分濃度が高いこの地域は、建物跡の焼成レンガに地下水が入って塩分が結晶化し、内部から壊していく。90年代に乾燥を防ぐため泥モルタルでレンガの表面を覆ったが、現在は一部のモルタルははがれていた。さらに地表面に塩が噴き出て、建造物は根元が崩壊していた。
 政府考古局のカシーム・アリ南部局長は「今は危機遺産のようだ」と嘆いた。インダス文明に詳しい東海大学の近藤英夫教授(59)は、「現段階の最善策は埋め戻ししかない。しかし、この都市遺跡を守り、活用する人類の英知は尽くされていないはずだ」。
 ▽モヘンジョダロ遺跡 現在のパキスタンとインドにまたがって栄えたインダス文明(紀元前2500~同1800年)の中心的な都市遺跡。1922年に発掘が始まり、5キロ四方で碁盤目状に整備された街に水洗トイレや排水溝、大小の沐浴(もくよく)場などが見つかった。地下数メートルで水がわき出るため全体の3割しか発掘されていない。同文明は「世界初の都市文明」とされ、印パ両国が1947年に独立する際の、誇りと自信になった。
 ◇国際的な保存キャンペーンもむなしく
 インダス文明の中心都市モヘンジョダロ遺跡(パキスタン南部)で再び深刻化している塩害は、「対テロ戦争」の陰に隠れて進行していた。遺跡を構成する焼成レンガは製法も寸法も、現代に受け継がれている。悠久の歴史を刻むレンガを内部から壊していく“白い悪魔”は、約4500年後の現代文明に生きる私たちをあざ笑うかのように、遺跡全体をむしばんでいた。【モヘンジョダロで栗田慎一】
 7年前に武居さんが訪れた時に褐色だった表土は、塩分の結晶で覆われ、雪が積もったようになっていた。遺跡の上中層は覆われた泥モルタルで異状がないように見えるが、下層ははがれてぼろぼろだった。
 政府考古局が国連教育科学文化機関(ユネスコ)に送った報告書によると、03年の時点で塩害や高温などを「遺跡の危機」とし、「十分な予算と専門技術者が不足している」と訴えた。外国人観光客も年間350人前後に落ち込み、修復資金となる入場料収入も得られなかった。
 国際的な保存キャンペーンは、ユネスコが中心となって79~97年にわたって断続的に展開され、総額2350万ドル超が遺跡の保存などに投入された。日本も80年代と90年代にレンガ保存方法の開発資金などを援助していた。現在の遺跡の荒廃に、同局のカシーム・アリ南部局長は「従来の防護策を超える、新たな戦略を考案している」と苦悩を隠さない。
 パキスタン中部で文明黎明(れいめい)期の調査を始める東海大学の近藤英夫教授は、「悪化するたびに国際援助で修復する、では根本解決にならない」と指摘する。
 01年4月に初めてパキスタン、インド両国の研究者の交流学会がイスラマバードで開催されたが、米同時多発テロで次回開催は立ち消えた。近藤教授は「両国は考古学的成果をいまだに共有していない。そうした障壁の解消も保護には欠かせない要素で、国際社会は両国に考古学的交流を促進するよう提案し続けなければならない」と語る。



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070311-00000006-maip-soci