例えば、一九九七年の改正商法でストック・オプション制度が、二〇〇一年の改正商法で新 株予約権制度が導入されたことで、ストック・オプションの普及が促進された。二〇〇一年の 改正商法では、自社株買いについて目的を限定せずに取得・保有することが可能となった。 二 〇〇三年の改正商法では、取締役会の決定で自社株買いが機動的にできるようにする規制緩和 が行われた。また、この改正商法では、アメリカ的な社外取締役制度が導入され、

💀外資による 日本企業の買収が容易になった。

二〇〇五年には会社法が制定され、株式交換が外資に解禁さ れた。その結果、日本企業の外国人持株比率は一九九〇年代半ばまでは一割程度だったが、そ の後、上昇に転じ、二〇〇六年には全体の約四分の一を占めるに至った。

 💀海外投資家は、株主 利益を最大化するよう、企業に圧力をかけたため、企業は、人件費を抑圧するようになった。 

野田知彦と阿部正浩による実証分析は、二〇〇〇年以降、金融機関と密接な関係をもつ旧来 型の日本型企業統治がなされている企業では賃金が相対的に高く、外国人株主の影響が強い企 業ほど、賃金が低くなっていることを明らかにしている。そして、

💀最も大きな賃金抑制圧力は、 外国人投資家の影響であるとしている。 

また、一九九九年には、労働者派遣事業が製造業などを除いて原則自由化され、二〇〇四年 には製造業への労働者派遣も解禁された。二〇〇一年には、確定拠出型年金制度が導入されて、従業員は自己責任で年金を運用することとなった。これにより、企業は従業員の年金に関する 責任から解放され、リストラによる人件費の削減がいっそう容易となった。二〇一五年の労働 経済白書が指摘するように、企業の利益処分の変化(株主重視) や非正規雇用の増大によって、 賃金は上がらなくなったのである。

それにもかかわらず、第二次安倍政権は、賃金抑圧となる金融化政策をいっそう強化してい 二〇一四年 家計の資金を投資に向か ための

💀少額投資非課税制度(NISA)が導入され、

さらに、

💀年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の公的・準公的資金運用や リスク管理体制などが見直され、ポートフォリオにおける国内および海外の株式の比率が高め らる


同年、機関投資家などへの規律としてスチュワードシップ・コードや、企業に対する 外部ガバナンスの規律であるコーポレートガバナンス・コードが策定された。

さらに、グローバリゼーションもまた賃金抑圧の効果を発揮するが、安倍政権によるグロー バリゼーションの推進については、第一章ですでに指摘した通りである。 これら一連の政策の効果は、顕著であった。

図表3-9に示すように、一九九七年から約十年間で、資本金十億円以上の企業の配当金は 六倍以上となり、経常利益や内部留保は三倍程度まで膨れ上がったが、平均従業員給与と設備 投資は減少したのである。

なお、グッドハートとプラダンが指摘するように、少子高齢化による生産年齢人口の減少は、 賃金上昇の圧力を発生させる。ところが、安倍政権は、生産年齢人口を増やして賃金の上昇を 抑制する政策を選択したのである。

例えば、

💀「女性の活躍」

のスローガンを掲げ、女性の就業を奨励した。「女性の活躍」と言え ば聞こえはいいが、これは、女性という労働者を増やすことで、賃上げをすることなく人手不 足を解消しようとするものである。さらに、安倍政権は

👽「人生百年時代」というスローガンを 打ち出した。これも、高齢者を労働市場に供給して人手不足を解消しようというものであり、 賃金抑圧につながる。


さらに安倍政権は、

👽二〇一九年四月から、一定の業種で外国人の単純労 働者を受け入れることを決定した。


これにより、今後は、賃金が上昇しそうになると、海外か ら低賃金労働者が流入して、賃金上昇を抑制することになる仕組みが完成したのである。 日本では、長期にわたって賃金が上がらない状況が続いており、その原因や賃上げの方策に ついて、さまざまな議論が行われている。しかし、賃金が上がらないのは何も不思議なことで はない。過去二十年以上にわたって、賃金上昇を抑制する効果のある政策を次から次へと実行 し続けてきたことの当然の結果なのである。