深夜バスが好きだ。

正確に言うと、深夜バスに乗り込む人々の姿を見るのが好きだ。行き先は東京。深夜に地方をたち、明け方に新宿に着く。

乗客の大半は20代の若者である。新幹線代とバス代の数千円の差額があれば1週間は暮らせる・・と考える社会に出て間もない若者である。

深夜12時に停留所にバスが着く。見送りに来た親と一言二言、言葉を交わして若者は手を振る。片手では持てないほどのボストンバッグを抱えている。

車内はカーテンで閉じられていて、しばらくすると照明も消される。

景色のない6時間の旅。今、彼らが見てるのは東京で始まる未来である。ささやかな自信と押し寄せる不安・・。

そんな若者の横顔が眺めたくて、数か月に一度、私は一人、深夜バスに乗り込む。

 

不安で眠れない彼らの表情は、漫画家を目指してた20代の自分そのものである。

金もなく、学歴も資格もない、なんの人脈もない20代の自分。

「食っていけないだろ?」、真っ当な大人の真っ当な忠告。今の私が、当時の自分に対したら、同じ言葉を投げかけるだろう。それでも漫画家になりたかった自分がたまらなく愛おしい。

 

この年になって言えることはこの「情熱」が、社会の常識や周囲の理性を超えられるのは、人生のうちの、ほんのわずかな一瞬しかないという事である。

 

20代の頃、同じように漫画家を目指して、最終的に漫画を諦めた友人たちとは、今でも繋がりがある。いろいろ近況を語り合った後、最後に彼らは必ずこう言う、「あの頃が一番、楽しかった」。

結果はどうでもいい。そのプロセスに価値があるのだ。