一部には業績回復の兆しが見られている企業もあるものの、まだまだ厳しい状況にある。
景気のみならず、さまざまな経営環境の変化によって衰退していく産業もある。
衰退した産業にそのまま身を置くのか、あるいは生き残りをかけて、事業転換し、新たな挑戦をするのか。
金曜日、訪れた所は「挑戦をした企業」の集団であった。
中野21の会 においても、自分たちが挑戦するためのきっかけをここから学ぶべくやってきた。
本例会は、以下のスケジュールで実施された。
13:30 「磨き屋シンジケート
」についての説明会
燕商工会議所地域振興課 課長補佐 大口一英氏
地域振興課 係長 山口浩氏
15:20 燕市産業史料館
見学(当初、14:40開始予定)
学芸員 斎藤氏
15:50 小林工業株式会社
視察
代表取締役社長 小林貞夫氏
1.磨き屋シンジケート説明会
燕商工会議所地域振興課 課長補佐 大口一英氏によって、始められた説明会。
まずは、過去に燕市の一人の男性がTVに取り上げられた際のVTRを拝見するところから始まった。
新潟県燕市、世界を変える100人の日本人というTV番組。
日本を代表する職人、小林一夫氏(65才)。
畑の真ん中にある古く小さな建物にその方はいた。
小林氏は、iPodの裏面を研磨した方。小林研業の代表である。
日本の洋食器シェアの90%をもつ燕市。
そこに、磨きの職人がいる。
1,000分の1ミリ単位での磨きが必要なiPodのステンレス。
まるで鏡のごとく磨かれる。
この小林さんが中心になって作られた「磨き屋シンジケート」は、飛行機の翼も磨いており、その磨きによって2,3割空気抵抗を減らせる。
研磨には、手作業、ベルト研磨、薬品を使った研磨の3種類があるが、手作業の研磨の職人が集まったのが「磨き屋シンジケート」である。
燕市の基幹産業である金属洋食器の製造出荷額は昭和59年の41,767百万円をピークにして、平成19年には6,568百万円まで激減した。
金属研磨業者は、金属洋食器の出荷の減少により仕事が減っていく。
基幹産業が落ち込む中、小さな企業同士が連携し共同受注を行う体制を作ることとなり、
平成15年に「磨き屋シンジケート」が発足された。
職人であっても営業力が必要。営業力をつけるために研修を行った。その内容は名刺の受け取り方、渡し方からだったという。
職人によって磨かれたビヤマグカップ。
そこにビールが注がれると、クリーミーな泡となり一味違った味わいとなる。
このビアマグカップは、人気が高く2年待ちの状態。
調べたところ表面はナノレベルまで磨かれていたそうだ。
磨き屋シンジケートは、知名度を上げるために3ヶ月に1回メディアに出ようと決めた。そして、それが実現している。
どんな働きかけをして、実現できたのか?
という問いに対して、特に働きかけはしていない。見本市などに出て、マグカップにビールを入れて試飲してもらったりしている。そんな地道な活動から、マスコミに紹介され、また別のマスコミの目に付き、というサイクルになっているそうだ。
マスコミに出る副次的効果として、TVに取り上げられ、職人がかっこよく映されていることで、都会の大学に行っていた子供たちがそれに憧れて戻ってきた。
大口氏が、職人はかっこいい。と何度も繰り返し表現していたことは印象に残っている。
説明者の熱弁と、我々の多くの質問により予定時刻はオーバーしてしまった。
それに相まって、次の場所への移動手段であるタクシーの到着が遅く、次の予定である 燕市産業史料館の見学は14時40分開始の予定が、15時20分からとなってしまう。
2.燕市産業史料館
遅れた私たちを快く迎えてくれた学芸員の斎藤氏。
史料館は広くて見ごたえたっぷりの様子であったが、20分強の時間の中、急ぎで説明頂くこととなる。
そこには、金属洋食器、金属ハウスウエア、煙管コレクション、スプーンコレクションなどが展示されている。煙管など、幼少の頃に知人のお婆さんが吸っていたくらいの記憶しかなかった。スプーンコレクションもこんなスプーンもあるんだ。と、単に流してみてしまうとそれまでなのだが、学芸員の方の熱心な説明により、全ての展示物は輝いて見えたし、興味深く見ることができた。ご説明がなければここの史料館の魅力は間違いなく半減したことであろう。
あいにく、撮影が禁止だったため、魅力的な展示物の数々は写真に収められなかった。
3.小林工業株式会社視察
代表取締役社長 小林貞夫氏自ら我々を出迎えて頂いた。
「LUCKY WOOD」という高級なフォークやナイフの金属器。
ギャラリーを見学した後、工場を拝見した。
工場見学の前に、小林社長より「いまや100円ショップでフォークやナイフが売られている。
100円のフォークと、我々が作る高級フォークはどこに違いがあるのかを見て頂きたい。
作る工程、どれだけの手間をかけて作っているか。安いものはその工程が省かれている。」そんな、言葉を聞き工場へ行く。
そこで、スプーンやフォークが作られる過程を小林社長の説明を交え拝見する。
スプーン台のサイズにカットされる金属の板。
そこから、形が作られ丸みをつけたり、模様が入っていく。
そして、磨きがかけられ、検品を受けて完成。
言ってしまえば、それだけのように思われてしまうが、一つ一つの工程において「午前・午後、湿度などで金型を変える」「世界一品質に厳しい日本だからこそ、目を凝らして見なければ分からないほんのわずかな傷のチェック」「それぞれの工程で真剣に作業に取り組む一人ひとり」。
そんな光景を目の当たりにすると、それが100円ショップの品と違い、高級品であると胸を張って言える理由が十二分に伝わってくる。
工場見学が終わった後、ギャラリー戻り、実際に安い品物と高級品との比較を実際のモノを手に取りながら、小林社長の説明を伺う。それは、見栄えもさることながら、手にしたときの重み、質感などの違いにも明らかに現れていた。
この視察会で学んだこと。
突出した技術。それは、割と得意な、優れているほうというレベルではなく誰もが認めるNo.1というレベル。
技術であれ、価格であれ、特化したシェアであれNo.1を目指す、どんな経営書にも書いてあることである。
しかし、言うが易しであって、普通はNo.1は難しいと考える。
しかし、磨きにプライドを持ち、そこでNo.1になることによって、世界をも引き付けるものにつながっているのである。
自社の強み。とよくいうが、それは本当に外に誇れる強みなのか、そこを極めることによって、No.1になれるのか。考えさせられるものであった。