第169回芥川賞受賞作品。
自己卑下がひどい女のコが男の子に「一億円払うから抱いて」って言って、断られる妄想を描いた話と、まず一言で言い表してみる。
それに関連して思い出した。昔、自分が乳がんで乳を取ったとき、再建もしない肋骨の浮き出た胸板に、こんなにあからさまに健常でないことが分かる身体に欲情する男の子がいるとは思えず、女子として終わることを思ってさめざめと泣いた(比べものになるかよ)。
そのとき、お友達だったLGBTのしのぶちゃんは(彼女はそのころ、30代になって華奢だった身体に贅肉がついてきたのを呪っていた)わたしに「オトコはなんにも見てない、穴が開いてさえいればいいんだって!」と慰めてくれた。暗に「だから自分から迫ってみなよ!」という含みがあったと思うが、俄かには信じられず「そんなわけないでしょ」とその、元男性の言葉をぶった斬った。
さて、そこから10年経って、おっぱいがたとえ2個そろっていても男の子から歯牙にもかけられぬような年ごろになり、ひょっとしたら、しのぶちゃんは真実を言っていたんじゃなかろうかと思うようになった。
そりゃ、いくらなんでも、男の子全部が全部、穴が開いてさえいればいい、という発想はしないだろう(だがあくまで推測)。でも、世の中には好き者もいる。
ジャニーズの所属タレントに対する性加害報道の関連で、類似の犯罪を起こしたイギリスのジミー・サヴィルは病院にボランティアに行って、隠れて患者に暴力をふるっていたことを知った。障害があろうがなかろうが関係ない。かえって相手に障害があることを好都合とみる人が実在したんだ。
だから、わたしはこの「ハンチバック」という話はどこか、キレイすぎて嘘っぽいと思う気持ちが止められない。わたしが「いいからヤッてみなよ」としのぶちゃんに言われても動かなかったのは、よくよく自分を覗き込むと、相手が欲情するかどうかを語っていながら、いちばんは自分が穢れるような気がすることをしたくなかったからなんじゃなかったかと今にして思うのと、ちょっとこころの動きが似てんじゃないかと思う。
この「穢れたくない」という気持ちは、裏を返せば、そういう行為を汚いものとして捉える価値観が隠れているかもしれない、とすると、奔放と呼ばれる女のコたちは私を煙たく思うかもしれないが、この気持ちもなかなか扱いづらいものなのである。
というのは、また、その下に潜れる気持ちには、男の子に崇拝されることもある女のコがたくさんいる一方で、わたしは男の子に汚く扱われることもありうるのではないかと考える、必ず大事にされると自信を持ちきれない自分がいるのだ。だから男の子はこわいし、あまり好きではない。言って、チヤホヤくらいで傷つかない安全なところにいられる。
でも、大切にされると分かるためには、お付き合いに踏み出し、経験を積んで、どの類がろくでもなく(男子が女子と対するときもそうだろう。リスペクトする関係が持てる女子と、持てない女子がいる)、誰ならハッピーになれるのか、もしくはろくでもない種類の男の子でも私にだけは優しくしてくれるとか、そういう感覚を掴んでいかなくてはならなかったと思う。
でも、「アタシなんて」という気持ちが強く、一方で別の人生におけるなんらかのアドバンテージがあると(釈華ちゃんの場合はお金、わたしの場合は学歴)そこでなにかが相殺されてしまって、そのまま穢れぬままに(踏み出せない弱虫のまま)叶えなかった自分の妄想に弄ばれるのだ。
わたしはこの本の主人公の釈華ちゃんを、彼女が書くようなエロ小説の中で消費されるようなオンナとしてではなく、ちゃんと釈華ちゃんを尊厳のある女性として見て、身体を慈しんでくれる人を得ることは可能だと思う。たとえ、釈華ちゃんの身体に障害があっても。40歳を越えても。でも、恋愛体質になれない釈華ちゃんにはそれが見えない。そして自分に値段を付ける、一億円也。
お金のために意に染まないことを顔色も変えずにすることもできるのが人間じゃんよ。ていうか、もし、この話がそのまま第159回芥川賞の「送り火」の世界観だったら咳き込むだけじゃ済まないよ。
というか、ラストの並行世界では、田中さんの妹が「お兄ちゃんは釈華ちゃんをあやめちゃって服役している」という設定になっている。どちらの世界もありうるなかで、少なくとも片方の釈華ちゃんは、つまり、生き延びたほうの釈華ちゃんは「自分は一億円の値段をつけても売れなかった女」というお話で自己卑下をますます強固にして妄想世界に閉じこもる。誰か、ホントウの愛を教えてあげたらよいのに。
ところで、現実の釈華ちゃん、すなわち作者は、その姿を世間に現し、身体的に健常の人と比肩するプレゼンスを得た。つまり、視点の持ち方によっては、わたしたちはまったくの対等だ。そこでもう一度願う。彼女もまた、どうか、新しい環境のなかに新しい自分を見いだし、愛を見つけて、そんな読後感のする作品が書けますように。
生きているだけで壊れていく苦しみの何も理解せず、そもそも愛のなにかも分からない人間のくせに、読後の釈然としない気持ちに言葉を与えました。改めて、不快を感じられた方に深くお詫びします。ごめんなさい。
