富士登山の続きです。
結論からいうと、結局、2回登っちゃいました。
昨日、宿で朝からぐうたらしていたために、夜が眠れない。5合目から上ってきて16時ごろ到着の人は(そこがもっとも多い時間帯だった)18時前にご飯を食べて、20時の消灯前には熟睡?できるだろうが、十分に休息した自分は。
布団でヨガの瞑想プログラムを聞いて落ち着くように呼吸を整えるが、この稀な経験の前に落ち着けるわけもなく。富士山の情報ソースのために入っている、みんチャレという SNS の他の人の書き込みに、つらつらと朝の登頂が思い返される。
SNS のメンバーのひとりは何回か富士に来ていて、「今年は3回予約をして天候不順に備えた」、しかし、「まだお鉢巡りはできていない」。そのように、今回成し遂げなかったことは心残りとなり、次こそはと思う気持ちが人をリピートさせるだろう。富士山はリピートして楽しい、ほどよい難易度の課題といえる。わたしの登頂も心残りばかりだよ、そもそも秒で引き返してきた登頂は登ったことにカウントしてよいのか?
せっかく登ったなら、上はこうだよ、と語れるなにかがなくては残念すぎやしないか。奉納した絵馬が濡れていてペンで文字が書けなくなり、途中からボールペンに変えて見た目がきれいでなくなったのも残念だし、せめて茶屋で寛ぐ間もなかった。神社の人も茶屋の人も「これからひどくなる一方だから急いで下山したほうがいい」というのでその言葉を鵜呑みにして、自分で自分にゆとりを持ってあげるという判断をしなかったせいだ。
振り返ると、わたしの人生はいっそ怖いことをいう人の脅かし話に怯えさせられて、恐怖から逃れることをモチベにして動かされてきたような気がする。特に、自分の母親の脅かし話は天下一品だ。当人がそもそも妄想ぎみのネガティブ思考(その考えが妥当かどうか2回考えたり調べたりすることができない)なのにくわえて、演劇なみの描写力でそのもしもワールドの磁場を天然で作ってしまう。「そんな馬鹿な」と言いようもない没入の SF 体験が家庭でできる。
母親についてはもう、そんな空間を楽しんでいるんだなと思うことにして、なんとか免れることができるようになったが、この、初対面の人で事情に通じている風の人の無責任な脅かし話には依然として騙される。一回、妥当かどうかワンクッションおけばいいのだ、この話は誰得なのか。人は意図せざると自分の都合の良くなるように話をもっていく。知らないことは価値がないと貶めたり、間違えたことはあなたのほうが違うなどとその場をしのぐ。
瞬時に判断しないと取り逃がす運もある。しかし、いつもいつも小賢しい者に良いように右に左に動かされていたのでは堪ったものではない。そういえば、エースのお姉さんは返事の前に「そうね」と呼吸を入れていた。あのお姉さんはリスペクタブルだった。弾けるときの弾け方と深慮のバランスが絶妙だった。介護になったと聞いたけれど、その後どうしたことだろう。
話を戻すと、次にわたしが登頂するチャンスに恵まれたなら、きっと頂上で時間をとり、その空気を満喫する時間をとる。と考えたときにそれはいつになるのか、来年なのか、それともはるかもっと先なのか?
しかし、そもそも今回富士山に登った理由のひとつは、今後の人生で今年がいちばん体力があるだろうと思ったことにあった。今後、どの未来に実行しようとしても、今より一歳以上年齢を重ねており、その自分がこの富士登山のために時間をとってトレーニングすることになる。もう断捨離でやることを絞っていかなくてはならないこの年齢で、また日常に組み入れなくてはならない未練のあるものを背負うのか。
アタシは本当にそんなに暇じゃないのである。アタシは仕事、英語、ヨガで日常をまわすのに手一杯なのである。次点で、トロンボーンと絵が片づけを待ちかねている。この登山は単発イベントでいてくれないと困るのだ。
ということは「いつか」と言いながら叶えないことを前提に、今朝の登山をわたしの所有物として今後、引っ提げて歩くのだ。それで自分は我慢できるのか。美味しくない食べ物を食べて、それは食べた経験のうちに入るのか。ろくでもない結婚をして、それは結婚のうちに入るのか。あと3回、お師匠さんのところに行けばとれる茶道のお免状を、時間切れですと言って、今生、手を届かせることができたのはあとちょっとのところまでだったとキリをつけるのか。そうでなければ、実は、今日がやり直しにもっとも近い位置にいるのではないか。
今日ならば、すでに7合目におり、おそらく後日には忘れてしまうだろう今朝の登頂の反省すべてを改善させて臨むことができる。一方のリスクは、今日も上ってしまったら、畢竟、帰りも連続で歩き続けることになる(もう一泊する時間も現金もない)。今朝できなかった総計7時間の行程はわたしに可能なのだろうか。
煩悶するうちにうとうとと寝入り、気がつくと寝床のロールカーテンの向こうの若者が出立の準備を始めた。時間は朝1時半。外は雨のような音がしている。片方が外をチェックに行く。「風はあるけど降ってない」と相方に報告する。