前のつづき
さて、こうして富士登山を無事やり遂げ、捻挫(筋肉痛)の静養も兼ねて家でごろごろしながら整理している。
行く前はしっくりこなかった登山関係、富士山関係のネットの記事がよく理解できるようになった。アメブロの富士登山ブログの体験記も改めて目を通している。行く前の情報収集では、ほとんどピンとこなかったが、今は登るつらさ、雨の寒さ、山頂での喜びが我がことのように伝わる。
そのなかで、富士登山にはどれくらいの体力が必要でどんなトレーニングをすればよいのかについて考察するものがあったので、最後にそれについて考えてこのブログを終わりにしたい。
まず、自分のプロフィールであるが、フルタイム勤務のアラフィフである。学生時代に運動経験はない。運動は週に3回程度ホットヨガをしている。かつては10キロを辛うじて走ってみたこともあるが(25キロはリタイア)、いまは道路の電信柱から電信柱までも走れない。
いちばん長く歩いた経験はやはり、10年以上前、学校のウォーキングイベントで7時間程度(あのときも足が棒になった)。いまは車に乗らないので日常的に歩きはするが、万歩計は7000〜1万步程度。
富士登山を計画したのは6月だったから、そこからはできるだけ体力をつけようと思ったけれど、疲れては日常が送れないから、電車では席があけばかならず座り、エスカレータを使い、ときにエレベータも使う(エスカレータのところまで歩くのが面倒くさいとき)。
ここ数年でめっきり体力が落ちたのを感じ、職場で朝からイベントがあろうときには疲れ果ててしまう。というか、残業する体力もないのでイベントがなくても急を要する仕事がない限りは定時で帰ることにしている。週末は土日のどちらかはずっと布団でゴロゴロするようにしている。でないと身体が疲れ切るから。
このブログの最初に言ったとおり、来年になればもっと弱るだろうから今のうちに、と思ったのがこの計画の始まりだ。
では、どれくらいの体力と運動能力があり、どんなトレーニングが効くかという問題に、そんな自分も登れてしまったという事実を当てはめて、最低限何があれば(できれば)登頂可能といえるのか、その条件をもう一度考えてみる。
まず必要なのは、スタミナなのではないかと思う。身体を持続して使い続ける力。走る力はほとんど関係がない。次の電信柱までも走れない自分が証明する。脚力もストックで腕の力も使って登るので、ハムストリングスがそんなに強くなければいけないというのでもない。
ご飯をしっかり食べて、カーボローディングを十分にして臨む。そして、ただ、急ぐことなく、足の裏の長さ分だけもちもち歩く。自分の場合、疲れる速さでは歩かなかったので、全行程、特に休憩しなくても済んでしまった(トモエ館の前の強風のための待機以外は)。ゆっくりだけど確実に先に進んだ人を抜かしていくのは自分の人生を象徴しているようでいい気持ちだった。
一回で頂上まで行く必要はない。とりあえず1合分上れば(5合目から6合目、6合目から7合目・・)かならず宿はあるのだから、最初から何日間かに分けて高度の違う別の宿に予約をしておいて、2、3日かけて上ることもできると思う。宿泊施設のない山なら仕方がないだろうけど、とにかく、富士山は泊まるところはいっぱいある。宿から宿までは1合分、登り1時間程度が標準と考えられるから、ミニマム1時間坂道を登る力があれば挑戦できるんじゃないかと思う。
次に、どのような力が必要かというと、特に勾配は厳しくないが単調になりがちな7合目までは、自分で決めたんだからやるしかないと4時間、淡々と歩く、あんまり考えないでルーティンができる力があればいいんじゃないかと思う。4時間歩くって、響きはすごいけど、例えば銀座とか買い物に行って、4時間くらい休まないで歩きつづける力があればいいんじゃないかと思う(坂道であることを考えるとむしろ渋谷か)。
空気の薄さについては、薄さを楽しむ。自分はコロナの間、マスクをして息苦しいなか、ホットヨガをしてたのが効いたのか、あまり苦痛は感じなかった。9合目あたりで薄くなったと感じたが、逆に、薄い感じも清涼で高いところに来た感じがして気持ちよかった。いつものレギュラーに対してアメリカンコーヒーを飲む感じ。
気圧の変化への対策は、自分の場合はその前の週に飛行機に乗って気圧の変化を体感して順応したのを(トランジットもあったので4回地上と空を行き来した)身体が覚えていてくれたことが奏功したのではないかと思う(あくまで感想で、飛行機で高度の上げ下げを経験するのが効くという他の人の話は聞いたことはない)。あるいは、前述のとおり、歩みがめちゃめちゃゆっくりだったからかもしれない(ここは参考にならないですね)。
登頂へのコンディション作りとして、眠いのに無理して深夜2時に宿を出てご来光を拝むこともないんじゃないかと思う。天候も見て、雨が降ったり風が吹いて天気が悪かったら無理して登らないみたいな気持ちで、最初から同じ高度の宿にとどまる滞在型のバカンスにしてもいい。晴耕雨読。ていうか、なんで初日に自分登っちゃったかが分からない。他の人が登るから雨降ってても登るのか、と怪しみながらもつられて登ってしまった(ほらまた思考停止)。
あと必要なのは、時間と財力。時間がないから、その間でやりくろうと無理のある計画を立てる。お金があれば、水もおやつも持っていく必要はないし、軽くて保温性が高く、しっかり防水してくれる衣類に守られる。
人脈とコミュニケーション能力があればもっと上りやすくなる。知りあいには特別な扱いがあるのは世の常、その人たちと知り合ってコネクションを作る社交性、同じ困っている人と目配せして共闘できる力、こういうものが人を頂上に連れて行くと思う。
行く前に登山が趣味の人に相談したら「練習と自分のペースを知るために、高尾山にでも登っておきなよ」とアドバイスをくれた。でも、ふだんは仕事が最優先だから時間も力も捻出する余裕はない。朝、走りこんで仕事に行って疲れちゃって注意が散漫になって仕事の質が落ちたらみんなに迷惑だ。
リソースが限られているなら、目標が富士山なんだったら、ストレートに富士山を目指すのが効率的なストラテジーなのではないかと思う。要するに、登山が好きで富士山に登るのか、富士山に登りたいから富士山に登るのかでアプローチは変わってくると思う。
自分はどういう状態で登ることを登ったと呼ぶのか、富士登山に対する自分が許せる条件、定義を決めて柔軟に取り組む。富士山に登ることにフォーカスするなら、たとえ、最悪、5合目の登り口から6合目に至らなくても、なるほどこんなもんかと試行錯誤のあたりをつけることができる。そういう、あんまり重くならない感じで、ライトに捉えて(もちろん装備も含めその時点でのベストは尽くすのは前提で)撤退ありで遊べばよいのではないか。
別のもので練習しても重なる知識は重なるが、同じ道ではないからすべての反省は生きない。あまり寄り道しないで欲しいものにアプローチするほうが自分の本意と100%合致するから趣味としてめっちゃ楽しい。一回で成功する必要もないし、毎回、富士山と遊んでもらうんだから楽しくないわけがない。好きな異性とかだとしつこくはできないけど、富士は逃げずに胸襟を開いていつでも相手になってくれる(夏季の2ヶ月という相手さまの都合のよいときだけどな!)。でも、こうして、わたしたちはいつも本番で鍛えられて欲しいものを手に入れていくと思う。
まとめていうと、登山が趣味ではなく、体力に自信はないが、生涯1度は登ってみたいという人は、自分をよく知って、自分に合わせた行程にすることが大事で、でも自分のポテンシャルなんて行ってみなくちゃ分からないんだから(高山病になっちゃうかもしれないし、トモエ館の鳥居のところでオーラを感じすぎちゃって気分が悪くなるかもしれない。天気だっていろいろある)、お金と時間をふんだんに持っていく、というのが実現性の高い計画になるんじゃないかと思う。
山がわがままなら、わたしたちも、あなたが素直に歓迎の気持ちを表さないんだったら登ってやんない、と山に言ってのけるくらいわがままにならなくてはよ!
ということで、このふりかえりを以て富士登山を終えたいと思います。①〜⑧まで読んでくださってありがとうございました。わたしも皆さんの富士登山の経験談を楽しんで読んでいます。これから行く人も質問があったらどうぞ。わたしの体験した範囲で真摯にお答えしたいと思います。ではまた。
追記
三浦さんは山頂まで2回宿泊されたようです。
