「自分・エゴと対話する」「自分の心を見つめ直す」 2/3 の続きです

前回までの記事で、瞑想によって、普段抑圧している思考・記憶がよみがえってくる、
という段階までの説明をさせて頂きました。

今回は、それらとの対話の方法についてもう少し掘り下げてみようと思います。
私自身は幻視瞑想(仮)記録で少し書いたような感じで実行しているのですが、あれではわからない人はわからないと思うので、なんとか言語化してみようと思います。

イメージングの練習として、
「自分の好きな人物をイメージして、その人物に言って欲しい言葉を繰り返し自分に言わせる。
慣れてきたら、少しずつより人間らしくしていく」
というものをMさんが提唱しているのですが、今回の「対話」もそれの応用が出来ると思います。

浮かび上がってきた記憶・思考が「どのような姿をしているか」ということをとことん観察した後に、
自分の中で、それに最も近いと思われる姿や、声、「イメージ」の形をあてがいます。
例えば、「大きな口のあるしゃべるりんご」のようなものでも構いません。
これはフォーカシングのテクニックですが、そのイメージをあてがった後、
その思考・記憶に人格があるものと考え、「このイメージはあなたの形にあてはまっていますか?」
と問いかけることも出来ます。
返答は、明確な言葉であることも、そうでないこともあるでしょう。
ここからはとにかく根気の勝負です。
返答に目を凝らし、耳を澄ませ、それがどのような言葉であるかを吟味します。
それが「いいえ」であれば、【彼(記憶、思考)】がどのような姿をしているのか、
また考え、見つめなおします。
はい、であれば、また問いかけと、返ってくる返答の吟味。この繰り返しです。

フォーカシングでは、この問いかけにステップが設定されています。
一つ目は、まず挨拶から始まります。「こんにちは」でも「おはよう」でも「やあ!」
でも構いません。
あなたの中に浮かび上がったその思考、記憶が、あなたにとって初めておしゃべりをする知人であるように、
親しみを込めて挨拶をします。
挨拶に反応があったら、次のステップに進みます。

二つ目は、「あなたはどんな感情を感じているのですか?」というものです。
その記憶、思考がどのような感情を帯びているのかを、「客観的に」感じ取ります。
このとき注意すべき点は、観察しているあなた自身が感情の渦に頭を突っ込んではならない、
ということです。
抑圧されていた記憶や思考は、ときに狂暴な感情を帯びていることが少なくありません。
そのため、感情を沼にたとえるならば、沼に飛び込むのではなく、その岸辺で足を止め、
沼の水面がどのような動きをしているのかを観察するように、
「客観性」を保つことを心がけてください。
さて、感情がどのようなものであるかが感じ取れたら、次のステップです。

三つ目の問いは、「【何が】あなたにその感情を生じさせているのですか?」というものです。
不思議なものですが、このとき「あなたは【どうして】その感情を感じているのですか」という問いかけをすると、流れがあまりスムーズに行かないことが多くあります。
そのときは、「どうして」ではなく、「何が」と問いかけるようにしてみてください。
この問いを行うと、程よくこのメソッドに熟練していると、浮かび上がってきた思考・記憶の【原因】となったものについてのイメージが返ってくるようになります。
それが、この一連のメソッドの目的です。
原因がわかったならば、あなたは【イメージ】の世界で、その問題の解決に取り組みます。
例えば、「子供の時、親が留守がちでとても孤独で寂しかった。それから、いつも一緒にいてくれる誰かに依存してしまう」という問題点が浮かび上がってきたならば、
どうか、子供の時のあなたを抱きしめて、「寂しかったね」と慰めてあげてください。

これらのメソッドは、エゴとの対話にそのまま応用できます。
違いを上げるならば、上記の対話では「浮かび上がってきた記憶・思考」にフォーカスして対話をするのに対し、
エゴとの対話では、自分の中にある「願望の邪魔になっている」と思われる思考癖、観念(エゴ)を見つけ出してフォーカスし、それらと対話することです。


私からの「エゴ・自己との対話」についての説明は、以上になります。



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