最後の一冊
大塚英子 「『暗室』のなかの吉行淳之介 通う男と待つ女が織り成す極上の人生機微と二人の真実」
この方は吉行氏の死後
最初に本を著して、その後、
別の愛人さんが一冊、出版なさった。
それから数年の間に
この方、ほかにも三冊。
宮城まり子さんが一冊、
奥様が一冊。
で、最後の最後に、また
最初に出てきたこの方が。
何ページか読んで すぐ思いました。
ははん、こう来るわけですね。
これまで、
氏との関わりをそれぞれの女性が書いていましたが
どなたもが性的なことはオブラートに包んでいらした。
本妻さんなど、まったくそのことには触れていない。
けれど、とうとう、この方は
やっちまったね。
もう、こういうことを書くしかなかったのですね。
初めての時に
吉行氏は胎内に留まったまま3回も達し、
自分も5回くらいまでは意識があったのだが
失神を繰り返し、わけがわからなくなった。
二人は全裸で部屋中を転げまわり、
互いの精根の極限までぶつけ合った。
彼には根強い「無毛願望」があった。
それで、大変に彼は喜んだ。
(つまり彼女は自分のは薄いと言ってるのね)
ズボンのベルトで打たれた、その後
肌に浮かぶ傷を吉行は唇や舌でなぞった
といった表現まで。
大人のおもちゃのことも出てきます。
この二人は
何より性的な結びつきが他の誰よりも
濃く固かったのでしょうね。
からだが合うって、素晴らしいことだものね。
大塚さんは氏を「ボクちゃん」と呼び
吉行氏は甘える。
半ば幼児プレイ的な内容も。
こういう男性、居るよね。
あまえんぼサンになる人。
39ページにあった見出しには寒くなりました。
「堕胎を隠して抱かれた長い夜」
あぁ、この方もそういう経験をなさってたのね。
ほかの愛人さんたちと同じように。
けどね、違ってたのは、
手術を終えたその日に氏を受け入れている。
すごいね。
もちろん、吉行氏は知らなかったわけです。
昼間に堕胎してきただなんて。
五時間も六時間も吉行はベッドで
私に満月のような大量の液体を放出させ、颯爽と帰っていく
……などという記述には哀しくなった。堕胎当日なんですよ。
しかしながら、
この大塚英子さんは、したたかです。
さりげなく
ご自身が魅力的であったことを披歴なさっています。
石原裕次郎に想いを寄せられたこと。
そのことで氏が嫉妬心をチラと うかがわせたこと。
「エーコがいないとオレ死んじゃうからね」
と繰り返し吉行氏に言われたこと。
氏が訪ねてくるという日には
氏と居る時に
トイレに絶対に行かないために
飲み食いを一切せず迎えたという
そこには驚きました。
吉行氏の入院に際しては、願掛けで
タバコ、コーヒー絶ち をした、
そのあたりは、わかりますけれど。
タバコ吸ってたんだね、
(kissのとき、おいしくないと思うんだけどなぁ)
「エーコは、ボクの『手活けの花』だからね」
こう言われた、と サラリと書いていましたけれど
本当はショックじゃなかったのかしら。
「手活けの花」って、
芸娼妓などを身請けして妻妾としたもの
という意味なのだそうです。
後半、
大塚さんは、言い訳のように
何度も何度も書いていらっしゃる。
吉行氏が言ったのだ、自分は その言いつけに
従ったのだ。
「キミには役目があるんだからね。
ボクにキミがいてくれたことを、書いてくれ。
キミにしか出来ないんだから、ね、たのむよ。
コワイから切るよ」
入院先からの電話。
コワいから、というのは宮城まり子さんのことだという。
彼女を「M女史」と呼び、
吉行氏が決して愛情を向けていなかったことを
それとはっきりわかるように大塚さんは書いています。
「ボクにエーコがいてくれたことを、
世に伝えてくれ、たのむ」
これは私のことではない。吉行の意志なのだ。
ん~。
本当に、そういうことを吉行氏は言ったのだろうか。
誰にもわかりません。
他の3人の女性の書かれたものを読めば
それぞれに愛された記録となっているのですし。
こんなことも書いていた。
「40年もの、30年もの、20年もの」
絶対に籍は抜かないと頑張っていた本妻さんが40年もので、
なぜ結婚してくれないのかと迫り続けたM女史が30年もの、
大塚さん自身は20年もの、ということらしい。
平成6年7月26日午後6時30分永眠。
吉行氏は死後、10分かけて大塚さんのもとに
やってきたそうです。
氏が和光で選んでくれたお気に入りの時計の針が
その日の6時40分に止まって、
それっきり動かなくなったのだそうです。
でね、最後のページ。
平成11年5月に宮城まり子は
「吉行淳之介文学館」をつくった
和風の庭に、モミジとしだれ桜だけを植えたと
誇らしげに語っている新聞記事を見た。
彼はモミジもしだれ桜もキライではなかった。
しかし、吉行が一番好きだったのは、
真っ白い辛夷(こぶし)の花だったのである。
モミジとしだれ桜を
本妻さんと宮城さんに なぞらえているみたい。
そして、白い辛夷は、ワタシよぉ!って
そう言っているみたい。
始まりは、
吉行41歳、大塚英子28歳
亡くなるまで28年間のおつきあいだったそうです。
溜息。