相模湖・ダム 何のために、誰が作ったの?

 

 

●731部隊展(2025年9月小平)

21日(日)

5、先日、明治大学生田の平和資料館で、細菌戦・化学戦について知り、今日のパネル展と講演会に興味を持って参加しました。
戦争の実態を更に知り、苦しくなりました。
平和の大切さを改めて思うとともに、被害の実態だけでなく、加害の実態をないものにしない強い意志が平和の大切さに結びつく根幹と思う。身の回りの若い人たちに伝えていこうと思った。
(70代、調布市、アサココ)

関東大震災朝鮮人虐殺と治安維持法

 

ABC企画委員会 

●三多摩平和交流会(2025年開催)の感想

吉田 裕さん講演

24、田中良吉(アサココ、70代以上)
多数の質問に対する吉田先生の回答が非常に理解し易く大変勉強になりました。

高市総理「全く想定していない」 米国防総省“代替の長い滑走路選定されるまで普天間飛行場返還せず”

第3次新横田基地公害訴訟原告団

 

地元初公開!!多摩空襲被災地図

三多摩平和交流ネットワーク

 

 

日本の中学教科書には、日本軍による残虐行為の写真は一切掲載されていない!(日本の中学教科書)

●高市首相は発言撤回を!!日中友好、日中永久不再戦!!反高市!!

 

「国旗損壊罪」がとことんダメな理由 法案に自民保守からも異論

中国 レアアース使った磁石の対日輸出 去年同期比9%余増加

中国によるレアアース輸出規制の行方

高市首相の台湾有事発言は「宣戦布告」「対話成り立たない」 答弁の撤回を求める元外交官と学者の危機感

 

1972年9月29日   日中共同声明調印!!


 


 

第32回アジア・フォーラム(2025年12月6日)

 

第32回アジア・フォーラム横浜(ブログ)

●「自由で開かれた」情報公開を望む!!

「衛生学校記事」「化学学校記事」を公開せよ!!

 


 

731部隊を引き継ぐ自衛隊の細菌戦・化学戦部隊 2025年/9/20

             大内 要三 (日本ジャーナリスト会議会員)

1,日本軍の細菌戦

●化学兵器を開発した六研

では化学戦についてはどうか。新宿区百人町にあった第六陸軍技術研究所では毒ガス(化学兵器)の研究をしていました。ここで開発されたのは、ちゃ(血液中毒剤)、あか(くしゃみ剤ジアニルアリアルシン)、あを(窒息剤ホスゲン)、みどり(催涙剤)、きい(びらん剤イベリット)などがあります。

  六研が開発した毒ガスは瀬戸内海の大久野島の陸軍造兵廠で製造され、福岡県曽根で砲弾に充填されて大陸に送られました。大久野島では実験用にウサギが飼われていましたが、現在もウサギに触れられる島として観光地になり、毒ガス資料館も公開されています。

 

多磨霊園の精魂塔(せいこんとう・・2026年9月23日撮影)731部隊の顕彰碑?
この塔は、「マルタ」と呼んだ人体実験の犠牲者を供養する塔ではなく、731部隊がよく頑張ったことを顕彰するための塔だ!!




●地下鉄サリン事件から31年!!オウムと自衛隊の関係は?

 

 

オウム真理教の幹部を死刑にして、本当に事件は解決したのか?自衛隊のサリン製造は事件に関係していなかったのか?日本の過去を反省しない面々!!

地下鉄サリン事件から31年を前に 遺族が国に要望書提出

地下鉄サリン事件の被害者26%が今もPTSD訴え…「電車に乗れない」「頭痛薬を常飲」心身の不調続く実態

 


化学学校記事 第1巻 第1号

米軍の特殊武器戦術について
3等陸佐 中 島 誠 生

1. 一般的原則事項

b 原子攻撃

(2) 他の兵器と同じように、原子兵器は敵に対して初期の効果を強力に利用する時に,総合的成果は最大となる。敵が防護のため分散間隔を大にすればその集中の利は失われ,統制は困難となる。わが部隊が高度の機動性を有する時は,敵のそのような各部隊を各個に撃破出来る。これを考慮して,独立行動の出来る戦闘群単位のコンバットチームの使用が考えられている。このような部隊は,わが原子攻撃を最良に利用出来るとともに,敵の原子攻撃に対する脆弱性を減少するものである。

※戦争になると如何に人を殺すことが出来るかに重点が置かれてしまう。人権意識など皆無になってしまう。

『化学学校記事』の情報をお持ちの方は
nobu.goi@gmail.comまでご連絡ください!!

 

『化学学校記事』を公開せよ!!
2026年3月19日『化学学校記事』控訴審 判決文
不当判決!!

『化学学校記事』を作っておいて、保管していないなど、あり得ないではないか!!

情報公開裁判『化学学校記事』控訴審!!

戸山人骨調査の現状と課題

 

 

731部隊を引き継いだ自衛隊衛生学校   大内要三
(週刊金曜日 2025.3.14(1512号)~

 

 

731部隊を引き継ぐ自衛隊細菌戦・化学戦部隊

 

近隣諸国から非難を浴びた一枚(安倍晋三の歴史認識を問う!!)


安倍晋三 演説 | 統一教会

 

高市首相、萩生田議員と統一教会の関係をはっきりさせろ!!
 

鈴木エイトさんを中傷する投稿、旧統一教会元顧問弁護士に無罪判決…裁判官が「社会に分断生む」と説諭


統一教会の「ホットライン」萩生田光一、選挙中でも取材から逃げ回る(6)

どうなっているの??
萩生田光一幹事長代行も再任されました。

“裏金議員”萩生田光一が留任できる「よく言えばマメ、悪く言えばヒラメ」の処世術 高市人事に及んだ麻生太郎氏の威光

 

歴史を改ざんして、軍事力を高める政権にNO!!憲法9条を広めよ!!


「他の候補者を誹謗中傷するようなことは…」高市首相の「陳述書」に記された“明白な嘘”《「記憶がない」を連発し…》

萩生田氏と統一教会の関係

 

不当判決!!
安倍元首相銃撃事件 山上被告の弁護団が控訴 判決不服として

旧統一教会「自民だけで290人応援」と韓鶴子総裁に報告か、内部文書に山上徹也被告の「会員記録を削除」とも…韓国紙報道

旧統一教会 解散命令1か月 清算手続き進む 教会を使えず信者は

 

森友学園めぐる文書 自殺した職員の妻が新たに開示求め提訴へ

森友文書が開示終了、7回で14万ページ超「わからないことだらけ」

安倍晋三元首相の国葬は「憲法違反だ」 東京地裁の請求却下にも「これで終わりにしない」 原告団は控訴へ

 

●日航123便墜落事件(1985年8月12日) 
今年で41周年

 

「語り継いでいく」 日航機墜落事故41年を前に、ふもとで灯籠流し

 

*自衛隊・国は、事故のデータ・資料をきちんと公開せよ!!

御巣鷹 520人に生ける花 日航機墜落事故40年

多くの同僚をこの事故で亡くした元日航客室乗務員が、事故原因に疑問をもって書いた本より!!国は、自衛隊などの情報を開示して、事故の原因をきちんと国民に説明せよ!!

日航123便墜落の写真

4Ⅰ年前の8月に墜落した『日航123便』の垂直尾翼を相模湾沖から引き揚げる計画が進行しているそうた。「その必要は無い」と“公式‘’に強調され続けた調査だ。

 

●再審法を改正せよ!!

何故検察の抗告のを残すんだ??検察は、証拠を全部開示すべし!!

飯塚事件 「DNA型不一致の新証拠」 3回目の再審請求へ

 

名張毒ぶどう酒事件の死刑文書開示 訴え退ける 名古屋高裁

 

日野町事件 有罪主張の証拠 取り調べないことで見解一致

 

袴田さん姉 “えん罪被害者助ける法律に” 再審見直し法案 

〈社説〉死後再審が決定 「冤罪」救済が遅すぎる

熊本「菊池事件」再審請求 高裁で元死刑囚遺族ら3者協議開始

 

検察は隠し持つ全証拠を開示せよ!!

20回再審請求を請求しても一度も認められず、獄中で亡くなった平沢貞通氏は、本当に無念であったろう!!

狭山事件フィールドワーク2025「確かめよう!石川さんの無実」

 

石川一雄さんの歌

人生の終焉迄には 様々あれど 吾の二の舞 断固絶つ

2026年7月20日 狭山街頭宣伝国立

 

●731部隊(日本の国家犯罪!!)
「天皇の責任」追及!!

「731部隊」に挑んだ20年 歴史の真相と被害者の実像を追って

裁かれなかった731部隊 「負の遺産」は未来に何を伝えるのか

731部隊罪証陳列館見学に並ぶ長蛇の列(中国・ハルビン)一日1万人以上の来場者

 

731部隊 元少年隊員の証言

731部隊と戦後の動向

 

細菌戦の内幕

元731部隊員清水英男さんの記者会見

元731部隊員清水英男さんの訪問中に意味するもの

731部隊元少年隊員・清水英男さん、ハルビンでの24時間

【ライブニュースルーム】旧陸軍軍医学校跡地での人骨発見を中心

 

飯田市平和祈念館問題

2025年3月20日に飯田市の飯田市平和祈念館に寄りました。下の写真のパネルは市教委が昨年9月に新たに作成したパネル。もう少し、詳しいパネルがほしい!!なんで日本は医学者が中心となって細菌兵器の開発に突き進んだのか?

長野県飯田市で起こっている731問題

 

この国の隠蔽体質を破ろう!!飯田市平和祈念館は、パネル8枚を展示すべきだ!!

 

「飯田市平和祈念館を考える会」代表挨拶

 

飯田市の資料収集委員の方々が作られたパネル(展示されていない)
こんな大事なパネルが展示されていないとは!!

731 の医師たちは、戦後どのような道を歩んだのだろう。   
「こんな人もいたんです」   
「こんな人もいたんです」とKMさんが 731 部隊の名簿 2 種類を手渡された。敗戦前後 731 部隊の医師 53 人は飛行機で帰国、帰国した医師たちは、戦後の学界で重地位を得ている。   「こんな人もいたんです」、とKMさんから手渡された最後は 731 隊員名簿 2 冊。
『関東軍第 731 部隊戦友会員名簿』は、「731 部隊」を看板に掲げた日本最初の戦友会、場所は松本の浅間温泉で、登録人数は 270 人。 
① この両方の名簿に載っている凍傷実験者吉村寿人氏は「私が戦時中に属していた部隊において戦犯行為があったからとて、直接の指揮官でもない私が、なぜマスコミによって責められねばならないのか、全くのお門違い…」と。(『戦争と医の倫理』常石敬一他 著)   

【右上画像内キャプション】
精魂会員名簿、当祈念館所蔵   
【右下画像内キャプション】
731 部隊名簿 当祈念館所蔵   

② 敗戦前後、731 部隊の医師 53 人は飛行機で帰還、一般隊員は特別列車で日本に帰還。帰国した医師たちは、自己批判することなく、戦後の医学界で重要な地位を得た。その代表例は 京都府立医科大学長に就任医師や陸上自衛隊衛生学校校長に就任医師等(反省の書を著した医師もわずかながらいた)   
③ KMさん使用の医療器具等のように、731 部隊の来歴のわかる資料は世界にない。中国から 3 回も譲渡希望がなされた。
 人類史上非人道的犯罪とされるアウシュビッツ(1979 年登録)や原爆ドーム(1996 年登録)は「負の遺産」として既にユネスコの世界遺産に登録されている。中国に残された 731 部隊遺産も、世界遺産への登録運動が始まっている。

飯田市平和祈念館

アジア太平洋戦争における日本軍の勢力圏と連合国軍の反撃
1 太平洋戦争の展開(1941~1945年)【凡例】(地図右上)   
1941年12月・日本の勢力範囲   日本軍の進路 空襲   
1942年夏・日本軍の最大進出線   敗戦時日本軍の防衛線   連合軍の進攻路   連合軍の陸戦援助ルート   主要激戦地   中・ソ等の進攻路(対戦末期)   
1945年8月30日策定の絶対国防圏   1945年7月末の防衛線   【地図内の主な地名・注記(抜粋)】 
 真珠湾攻撃(1941.12.8)
マレー沖海戦(1941.12.10)
ミッドウェー海戦(1942.6.5)  
ソロモン海戦(1942.8~11)
ガダルカナル島撤退(1943.2.1)  
アッツ島玉砕(1943.5.29)   
マリアナ沖海戦(1944.6.19)
サイパン島陥落(1944.7.9)
レイテ沖海戦(1944.10.25)
沖縄上陸・占領(1945.4.1~6.23)
硫黄島激戦(1945.3)
東京大空襲(1945.3.10)
広島原爆投下(1945.8.6)   
長崎原爆投下(1945.8.9)   
『写真資料館 日本史のアーカイブ』発行:東京法令出版 より   

戦い方の違い   日本軍   緒戦の勝利で実力以上に戦線が広がり、戦力をいたずらに分散させてしまう。そのため前線への補給が困難となり、物資・弾薬・食料の不足は深刻であった。   
連合国軍(とくにアメリカ軍)   採用したのは「飛び石(蛙跳び)作戦」と呼ばれている。
これは端からしらみつぶしに反撃していくやり方ではない。防御が固く攻略困難な日本軍の拠点(ラバウルなど)への攻撃は避け、優位な戦力で包囲・孤立させて補給路を断つ。
これにより日本軍が飢えて倒るるのを待った。   
 一方、日本本土攻撃への重要な位置にありながら、日本軍の戦力が比較的手薄な島(サイパン島など)を選び、点々と鳥伝いに反撃する作戦をとった。
こうして連合国軍は攻撃可能な島を次々と攻略、それらを航空基地にして日本本土へ激しい爆撃を繰り返した。   
【吹き出し】   
戦争を始めた日本軍の進路とその後の連合国軍の進攻路から戦争の展開を読み取ってみよう

 

登戸研究所は長野県上伊那地方(駒ヶ根市・宮田村・飯島町など)へ分散疎開しました。
本部機能は、宮田村真慶寺、研究・生産部門は周辺の国民学校・青年学校などに置かれました。

731部隊と連携して秘密研究を進めた陸軍登戸研究所

 

 

明治大学平和教育登戸研究所資料館

明治大学平和教育登戸研究所資料館 講演会「登戸研究所掘り起こし運動30年のあゆみ」

 

天皇制廃止!!(戦争の反省全くなし!!)

 

上皇さまの意向受け 将来の葬儀の規模大幅縮小へ

 

日本国国章損壊罪の法制化に反対する会長声明


 

新闻调查丨起底侵华日军1855细菌部队

細菌戦の専門家で滋賀医科大学名誉教授の西山勝夫氏は最近、新華社通信に対し、新たに発見された文書「華北防疫給水部1855部隊残存人員名簿」のスキャンコピーを見せた。これはその表紙である。(写真提供:新華社通信)

 【新華社北京12月12日】旧日本軍の細菌戦部隊と言えば、中国東北部の「731部隊」がよく知られているが、北京にも同様の組織が存在していた――。その実像を裏付ける新資料を、日本の細菌戦研究者、西山勝夫氏(滋賀医科大学名誉教授)がこのほど発見した。

 西山氏が公開した「北支那防疫給水部甲第一八五五部隊 留守名簿」は、第2次世界大戦中の1945年2月28日に作成されたもので、すでに見つかっている終戦後の1945年8月29日の留守名簿(部隊所属の将兵らの情報を記載した名簿)とは異なる。「今回発見した名簿には、業務管理規則が明記されており、いくつかの班の名称や責任者の氏名もはっきりと記載されている。きわめて貴重な史料だ」と西山氏は語った

 名簿の最初のページを開くと、「北支那防疫給水部支部出張所一覧表」が現れる。右上には「軍事極秘」の印章が鮮明に押されている。表には本部が北京に置かれ、石門(石家荘)、済南など五つの支部と、天津、塘沽(とうこ)、青島など七つの派出機関、さらに確山と壤城(じょうじょう)の二つの分遣班が設けられていたことが記されている。それぞれの責任者の氏名や軍の階級などの情報もそろっている。

 北京に存在したというこの知られざる部隊の実態は何だったのか。どのように細菌戦を実行し、華北一帯の人々にいかなる被害をもたらしたのか。次々に湧き出る疑問を解くため、記者は旧日本軍が中国で犯した罪の証拠をたどる調査へと乗り出した。

 

中国、ソ連作成の旧日本軍731部隊尋問記録を公開

 

中央公文書館は、日本の731部隊が犯した犯罪に関する一連のファイルを公開した。

https://www.saac.gov.cn/daj/toutiao/202512/b28169c3ebed473e9399f79a64b0893f.shtml


731部隊だけではなく、馬疫研究処や100部隊でも、細菌戦の研究をしていた!!

馬疫研究処と100部隊

 

知られざる旧日本軍の“細菌戦”部隊…東南アジアに展開 「感染症予防」の裏で繰り返さた“ペスト菌ノミ

”実験 関与した軍医たちの戦後は…【news23】|TBS NEWS DIG

 

西里扶甬子 CCTV軍事20260708

「桜の華 風化させてはならない歴史」は4回の短い動画です。

CCTVでアップした動画。

 

風化させては ならない歴史 第1回

風化させては ならない歴史 第2回

風化させてはならない歴史 第3回

風化させてはならない歴史 第4回

私は731部隊員だった

石井四郎の実家の復元をせよ!!強制収用、拡張反対!!

 

成田空港の滑走路用地「強制収用」手続きへ 熊谷俊人・千葉県知事「苦渋の決断」…地元自治体も同意

 

 


    我的達の大根畑   花ばかり咲いて根はどうかな