●毒ガス問題
「家族にも言えない」女学生160人が集められたのは、地図にない島だった…15歳で背負わされた加害責任、60年後の“発覚”(前編)
手の震え、頭痛…家族4人がなぜか急に体調不良に 原因は「おいしい地下水」に混入していた毒だった…製造したのは旧日本軍、半世紀を超えてなぜここに?(後編)
広島 “毒ガス製造の島” 原画が語るもの
訪問税反対!!
広島県竹原市、「ウサギ島」に訪問税導入へ 年間19万5000人が来島
大久野島
北九州の曽根製造所でも新たな毒ガスの資料が見つかった!!
「毒ガス工場の島」伝える山内正之さん(80)
🔴毒ガス弾の影響はないのか?
福島の 除染土(汚染土)を運び込む計画もあるという?大丈夫か?
花博(2027年)
2027年国際園芸博覧会は、2027年に神奈川県横浜市瀬谷区と旭区に広がる上瀬谷通信施設跡地を主会場に開催予定の国際園芸博覧会。
花博の会場予定地から基準値を上回るPFAS検出!
相模鉄道・瀬谷駅の北側に「海軍道路」という名の桜並木があります。この一帯は2015年まで米海軍の支援施設・通信基地でしたが、今は返還され2027年の国際園芸博覧会(花博)の予定地 です。
ここは戦時中、帝国海軍の厚木航空隊などへの補給基地・弾薬庫でした。今は広大な草地ですが、北側には大きな水槽跡、円筒型燃料タンクを載せる台座跡。南東側には「特薬庫」と呼ばれた覆土式倉庫は現存しています。この特薬庫は毒ガス弾保管庫でした。その近くに漏洩した毒ガスを放出するための換気塔の基礎構造物があります。・・・・
2025年6月7日総会講演山内正之さん大久野島の毒ガス工場が語る戦争の加害と被害
国内外の遺棄化学兵器問題
イペリット眼(故北宏一朗推薦)
藤枝静男著
平塚の海軍火薬廠の技研(技術研究所)では何をやっていたのか?
※島章(平塚海軍火薬廠共済病院眼科医)
イペリット眼(故北宏一朗推薦)
藤枝静男著
藤枝静男・・・明治41年(1908)1月1日、静岡県に生まれる。本名勝見次郎。八高理科を経て、千葉医大卒。戦時中は平塚海軍火薬廠共済病院眼科部長。戦後、浜松市で眼科医を開業。昭和22年より、八高時代の友人平野謙、本多秋五らの雑誌「近代文学」に『イペリット眼』『やせ我慢の説』『犬の血』などを発表。・・・
平塚の海軍火薬廠の技研(技術研究所)では何をやっていたのか?
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章の胸には、当面の用件の他に、これから訪ねる技研で、世間から全く秘密になっている化学兵器の研究や、自分の知らぬ最近の文献に触れ得るのではあるまいかという、楽しい期待があった。勿論軍人に特有のつまらぬ秘密癖は承知していたが、しかし軍人とは言っても同業だという気分の方が強かった。「うちの工員がいろいろ厄介をかけます」そんな内輪めいた甘い挨拶をも多少予想していなかったとは言えなかった。
模海軍工廠関連資料
毒ガス戦と日本軍 吉見義明著
Ⅶ 抑制された毒ガス戦 東南アジア・太平洋戦線 1941~1945
毒ガス配備
Ⅸ アメリカの毒ガス戦計画と日本 1941~1945
4 本土決戦での日本の毒ガス戦能力
防御能力
こうして、アメリカ軍の戦略的毒ガス戦が開始されたら、とくに人口密集地では悲惨な事態が生まれたであろう。1940年2月、学術振興会は、陸軍・内務省・警視庁・東京市などと共同で市街地に毒ガス弾が投下された場合の毒ガスの流れを調査する実験を、本郷区天神町・神田区旅籠町間で行っている。その結果は、建物が錯綜する市街地では毒ガスの滞留時間は開けた場所より二倍以上長く、露地では更に長くなる。
パネル『毒ガスと人骨』より
日本軍の毒ガス展(翻訳)
北坦村の毒ガス被害
特定非営利活動法人 日中未来平和基金とは
•旧日本軍が中国各地に遺棄した毒ガス弾などにより、今なお中国国内において重篤な健康被害によって苦しんでいる被害者の医療支援を進めるために、日中両国の民間団体が協力して設立された基金です。
私たちは、日本の市民と中国の市民、日本の医師と中国の医師との協働によって、遺棄化学兵器被害者への医療支援や精神的サポート活動などを行っていきます。
日中未来平和基金
日本が、中国へ捨ててきた毒ガス兵器による被害者の救援のお知らせ
日本が捨てた毒ガス兵器で寝たきりに「震えが止まらない」「助けて」怒り苦しむ中国人女性の涙
●日本が中国に棄ててきた毒ガス問題
町に潜む毒ガス兵器2004.7.15
毒ガスの行方(浜名湖) 2003.11.15
迫られる毒ガス弾処理~化学兵器禁止条約発効へ~
隠されてきた毒ガス 1996.9.10
悪魔の霧は今も 毒ガス兵器の惨禍(1996.8.28)
神栖ヒ素被害事件の経験から考える!!
神栖と土呂久を結ぶ亜ヒ酸
今世界に訴える毒ガスの島
湖底に沈む爆弾~化学兵器・もうひとつの戦後処理~
化学兵器をどう処理するのか~迫られる日本の選択~
忘れられた毒ガス被害者(相模海軍工廠)
毒ガス工場46年目の証言(東京第二陸軍造兵廠 曽根製造所)
毒ガス工場解体(大久野島の毒ガス工場解体)
暴かれる毒ガス戦の真実
オーストラリアの毒ガス人体実験ニュース
オーストラリアの毒ガス人体実験
そこで、議論の過程を明らかにするために、12人の弁護士の協力のもと、2022年11月18日に提訴しました。

News & Information
国は、遺棄毒ガス処理の行政文書をきちんと国民に黒塗りではなく、全面公開せよ!!
次回弁論傍聴のお願い
2026年10月20日(火)11時~@東京地裁703号法廷
警察庁情報開示訴訟、差し戻し 「国に説明求める必要」―最高裁
call4
(*本来明らかにしなければならない箇所を黒塗りで出してきたことに対する慰謝料を請求する裁判も行っている)
裁判へのご協力のお願い
【口座記号番号】00120-2-732043
【口座名称】稲垣美穂子(イナガキミホコ)
他行からのお振込み頂く場合:
【店名(店番)】019【預金種類】当座【口座番号】0732043
▼頂いたご寄附の使途▼
・訴訟に必要な事務費用(印紙、郵券、印刷費・参考文献購入費、会議費など)
・専門家の意見書執筆費用
・弁護団交通費用
・弁護士費用
ご支援よろしくお願いします
以上
ウェブサイト
●コスタリカ
軍隊をなくそう!!
『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』予告編
“コスタリカ人の母は幸福にも子の誕生から兵士の道なし”
☆☆平和が文化となった国、理想を現実にした国コスタリカ 珠玉の言葉が、深い感動をよぶ!!☆☆積極的平和国家のつくり方
「コスタリカの奇跡」
1948年に軍隊を廃止。軍事予算を社会福祉に充て、国民の幸福度を最大化する道を歩んだ。
コスタリカの奇跡に迫ったドキュメンタリー。
中米の小国コスタリカの非武装化が、政治的な衝突や戦争、日常のいざこざの解決に対する思考や言動にどう影響を与えているかを知りたかった。
マシュー・エディー監督
プラ・ヴィダ PURA VIDA!―平和が文化になった国―
積極的平和国家のつくり方
「コスタリカの奇跡」
アニメーションを利用
―なぜ映画にアニメーションを利用したのですか。
エディー 本作で説明しているように、近代コスタリカにおいて1948年12月1日に軍隊が撤廃されたことは歴史的瞬間でした。しかし、コスタリカ国立公文書管理局は軍隊撤廃式典の写真を数枚しか保管していませんし、映像記録も残っていませんでした。アニメーションによってこの歴史的瞬間を再現できたのです。幸運なことに、アーティストのミカ・ブルームによって切り絵による手作りのストップモーションアニメーション映像をデジタルで仕上げることができました。
●日本国憲法9条
黒井秋夫さんの講演スライド
戦争をしない世界を作るのは簡単にできます
★「戦争はしません 話し合い和解しましょう」の白旗を世界中のひとりひとりが高々と掲げましょう
★世界中の人たちが白旗を掲げれば戦争をする人は世界に1人もいなくなります
★為政者だけで戦争はできません
「戦争はしません 話し合い和解しましょう」の白旗を掲げる行動は戦争のない世界を引き寄せる積極的な非暴力です
戦争体験で心に傷 元兵士ら約300人の医療記録 分析進める
第9条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】
① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、
これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
RENUNCIATION OF WAR Article 9.
Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order,
the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation
and the threat or use of force as means of settling international disputes.
In order to accomplish the aim of
the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained.
The right of belligerency of the state will not be recognized.
IMAGINE9 (2007年12月1日 第1刷発行)
IMAGINE9
解説
9条をつかって、
戦争のない世界をつくる。
「戦争をしない、 軍隊をもたない」 という日本国憲法9条がどうしてできたのか知つていますか。それは、日本が行った戦争への反省から生まれたのです。
日本はかつて、朝鮮半島や台湾を植民地として支配し、中国や東南アジアの国々を侵略しました。日本はアジア太平洋地域で2000万人の命を奪いました。 日本国内では広島と長崎に原子爆弾が落とされ、沖縄では大規模な地上戦が行われ、東京など大都市は空襲を受けました。日本で300万人が戦争で亡くなったのです。
※ミサイルいらない!!
日本は、今や武器輸出が出来る国になってしまった!!武器輸出反対!!
自衛隊初の「攻撃用ドローン」はオーストラリア製が落札 イスラエル製は入札不参加 約310機、36億円超
朴壽南、朴麻衣監督の映画「よみがえる声」
第80回毎日映画コンクール・ドキュメンタリー賞 受賞
実験医学雑誌第14巻雑報
14巻4号 1930(昭和5)年
雑報
◎学術集談会開催
コレラ菌の溶血現象について
柿原辰雄
楊自汧
今処置により変化せる菌株についての2,3実験を記せば次の如し。
1、(イ)Haemodigestion現象を消失せる菌株は動物通過により原性状を再び獲得する事能はざりき。
(ロ)普通寒天連続培養をなす時は、約2週間目より青島株のみ再び原生状を示すに至るも、他の菌株は斯かる事なし。
(ニ)Agglutirabilitat現象を現すも、他の菌株は斯かる事なし。
(ホ)含水炭素、高級アルコール分解作用に原株との相違を認めず。
🔴昭和天皇
バード・ピックス著『昭和天皇』より)
吉田裕監修
2001年ピュリッツァー賞受賞
※昭和天皇は、平和主義者でもなんでもなかった。好戦的であり、常に軍部に色々と指示を出していた!!昭和天皇の戦争責任を問う!!
戦後補償問題に国家無答責という天皇主権の明治憲法下の原則を適用するな!!
第3部 陛下の戦争
1931(昭和6)年―1945 (昭和20)年
第13章 遅すぎた降伏
V
広島に原爆が投下されて1日半も経過した8月9日の午前10時少し前、天皇は木戸に、「ソ連が我国に対し宣戦し、本日より交戦状態に入れり。ついては戦局の収拾につき急速に研究決定」するように告げた。木戸はただちに鈴木首相と連絡をとり、鈴木は同日、深夜の御前会議の手はずを整え始めた。8月10日の聖断にしたがって、迫水内閣書記官長が昭和天皇の言葉に基づき、「終戦詔書」の起草にとりかかった。漢学者川田瑞穂と安岡正篤の手をかりて迫水は、鈴木内閣提出するまでの三日間をかけて草案を作成した。この草案は、閣議での6時間におよぶ討議の末、8月14日の夜、修正され了承された。昭和天皇は直ちにそれに署名した。すでに下村情報局総裁と木戸は、天皇に国民への放送にふさわしい格調ある最終決定案を音盤に録音することを説得していた。
















