2025年11月27日(木) 東京高裁824号法廷
何で、東京高裁は証人尋問を認めない??
何で、高裁は、じっくりと話を聞かないのか?
2026年3月19日(木)13:15 判決言い渡し
せめて、原告側が出す調書をしっかり読んで判決してもらいたい!!
『化学学校記事』の情報をお持ちの方は
nobu.goi@gmail.comまでご連絡ください!!
『化学学校記事』を公開せよ!!
情報公開裁判『化学学校記事』控訴審!!
◍自衛隊『衛生学校記事』情報公開裁判
10月2日(木)11時~16:30 証人尋問 東京高裁511号法廷
自衛隊「衛生学校記事」を自分の所で発行していて、なぜ原本も含め、
今まで発行してきた機関誌が、1冊もないなんて明らかにおかしい!!
自衛隊は、明らかに隠している!!
※裁判の傍聴で感じたこと。
・衛生学校図書室の図書原簿に二重線に引いた図書が廃棄されたという傍証に『日本医事新報』の廃棄したことを挙げているが、自衛官が自分の判断で、ゴミになりかけた『日本医事新報」の合冊本を、その捨てようとした自衛官と話し合って、彰古館に勝手に展示できるのか?
そんなことはできないだろう。必ず、上司の命令・指示がなければできない。ましてや、自分の判断で、勝手に彰古館に展示できるはずはないではないか!!
その作業を勤務時間内にやっていれば尚更のことだ!!
勤務時間に内に、ゴミになりかけた『日本医事新報』を時間をかけて、何回も階段の上り下りをして運んだと、それも上司の了解もなく、自分の判断で?
又、ゴミ置き場にその『日本医事新報』を運んだ自衛官は、亡くなったとされているが、本当に亡くなっているのだろうか???
・亡くなったとされる自衛官と短期間ではあるが、一緒に衛生学校図書室に勤務した自衛官は、それ以前、以後は教務畑に勤務していたという。その人が、図書室勤務の時に、平積みにされた図書の名前すら憶えていないのは明らかにおかしい。不思議だ。廃棄されようとする重要書類の名前くらい覚えているはずだ。教務を務めていたとすれば、そのぐらいは当たり前だと思う。偽証していないのだろうか??
・原告側の証人が、古本屋から『衛生学校記事』の月刊本全冊と、季刊本の一部を入手した。それによると、初期の月刊本には、731部隊の細菌戦の記述があったという。それも部外秘と書かれていた。
そんな大事な資料を、衛生学校は保存していないというのは、考えられない。
◆731部隊・細菌戦資料センターのチラシより (一瀬法律事務所発行)
◇10月2日 (木) 11時~16時30分
東京高裁 511号法廷
『衛生学校記事』情報公開裁判(証人尋問)
1、証人 古野巌(陸上自衛隊衛生学校2005年9月図書室図書係)
2、証人 木村益雄(陸上自衛隊衛生学校2005年9月彰古館担当)
3、証人 林田泰幸(陸上自衛隊衛生学校2021年~2024年訴訟管理官)
4、証人 大内要三(軍事ジャーナリスト)
10月2日、陸上自衛隊衛生学校の機関誌『衛生学校記事』の開示を求めた情報公開裁判(2013年11月提訴)の控訴審で4人の証人尋問が行われます。
2023年8月の1審(東京地裁)の判決は、衛生学校図書室で保管していた『衛生学校記事』を当時の図書係だった鈴木武範氏が廃棄したと推認することには合理性があるとして防衛省の不開示処分が違法ではないと認定しました。
しかし、鈴木氏の証言では、
①図書原簿の『衛生学校記事』『ふかみどり』『保安衛生』『防衛衛生』の製本雑誌の記載部分に廃棄のための赤二重線(90カ所)を引いたのは私です、
②上肢から廃棄の指示を受けたのですが、上司が誰かは覚えていない、
③二重線を引いた製本雑誌を廃棄したかは覚えていない、
④二重線を引いた製本雑誌のうち『ふかみどり』『保安衛生』『防衛衛生』は図書室に残っていて、『衛生学校記事』だけがない理由は判らない、
⑤廃棄のためには図書委員会にかけていないし、図書委員会にかけることを知らなかった、などと述べており、2人しかいない図書係の証言として『衛生学校記事』製本雑誌16冊を廃棄した自体が極めて疑わしい内容でした。
また、1審判決が鈴木の「廃棄」を証言を信用できるとした最大の理由は、鈴木尋問の10日後に証言した木村益雄氏(彰古館担当)が、鈴木氏が『日本医事新報』の製本雑誌93冊をゴミステーションに運んで廃棄しようとするのを見つけて彰古館で引き取り保管したとの突然の証言。しかし、国 は鈴木氏には同じことを尋問していません。
控訴審では、鈴木氏と木村氏の再尋問を請求しました。ところが、鈴木氏は死亡していたため、図書係の同僚だった古野氏と鈴木・木村尋問担当だった防衛省大臣官房の林田泰幸氏の証人尋問が採用されました。
また1審判決後『衛生学校記事』月刊分全冊を古本店で購入し、新たな意見書を出した軍事ジャーナリストの大内要三氏に対する証人尋問が行われます。
私たちの裁判で明らかになっている政府・防衛省の隠蔽体質は日米による戦争突入の動きと一体のものであり「民主主義の否定」そのものです。
次回、『衛生学校記事』情報公開裁判は、2月24日(火)14:30~東京高裁511法廷
731部隊を引き継ぐ自衛隊細菌戦・化学戦部隊
自衛隊とサリン
1995年3月20日地下鉄サリン事件発生
自衛隊化学学校は事前に起こることを知っていた。
科捜研の結果が出る前から自衛隊は、サリンであることを知っていた。
オウムの中に自衛隊信者がいた。その自衛隊員と化学学校の間で、電話で情報のやり取りがあった。
戦後も日本は自衛隊で毒ガスが作っていて、化学兵器禁止条約を批准(1995年)してからも、防護のためとして自衛隊では毒ガスを作っている!!(サリン、VXガス等)
自衛隊とオウムの関係もはっきりさせず、早々とオウムの幹部を死刑にした当時の安倍政権と法務省にも問題あり!!
近隣諸国から非難を浴びた一枚(安倍晋三の歴史認識を問う!!)
不当判決!!
旧統一教会「自民だけで290人応援」と韓鶴子総裁に報告か、内部文書に山上徹也被告の「会員記録を削除」とも…韓国紙報道
週刊金曜日の記事
●日航123便墜落事件(1985年8月12日)
今年で4Ⅰ周年
*自衛隊・国は、事故のデータ・資料をきちんと公開せよ!!
多くの同僚をこの事故で亡くした元日航客室乗務員が、事故原因に疑問をもって書いた本より
日航123便
墜落の新事実
―目撃の証言から真相に迫るー
元日本航空客室乗務員
青山透子著(2017年出版)
省庁の名称や職業、役職、()の年齢はすべて事故当時のものとします。
第2章 新たに浮かび上がるあの日の証言
1 遺族となった吉備素子氏の体験と記憶
そんな慌ただしい日々の中、吉備さんは日航本社(建て替え前の東京ビル、千代田区丸の内2-7-3)に1人で高木養根社長を訪ねている。そのいきさつについて話をしてもらった。半官半民の日本航空では、歴代の社長は全て経済界や運輸省からの天下りであった。その中、高木氏は日航を生え抜きの社長である。
「9月頃に遺族に対して日航の方から、身元不明の部分遺体や炭化が著しいもの、骨粉など10月中に全てを荼毘に付すとの連絡があってね。検視の困難さも見ていたから、それも仕方がない、やむを得ないなぁと思っていたけど、10月4日に群馬入りをしたら、血液検査を頼んでいた主人の足と思われる右大腿部の大きなものまで、荼毘に付されていて、アッ無くなっているって驚いたんです。事前の連絡と違う。ひどいって、私は警察とも揉め出した。
●再審法を改正せよ!!
袴田さんの弁護団 「教訓が十分に生かされていない」
日弁連 次の会長に松田純一氏 再審制度見直しへ“意見反映を”
「三鷹事件」元死刑囚の孫が再審求め 東京高裁へ4回目申し立て
再審制度見直し案 袴田ひで子さん「同じ立場の人救われない」
「菊池事件」再審認めずの熊本地裁決定書 複数の誤った記載
捜査員らに異例の賠償金支払い求める 大川原化工機事件巡り3人に計528万円 警視庁
検察は隠し持つ全証拠を開示せよ!!
20回再審請求を請求しても一度も認められず、獄中で亡くなった平沢貞通氏は、本当に無念であったろう!!
狭山事件フィールドワーク2025「確かめよう!石川さんの無実」
石川一雄さんの歌
裁判官 家令に託して10人目 期待と不安で 胸騒ぐ
本音のコラム (2025年11月4日 東京新聞)
石川一雄 短歌に託して 鎌田慧(かまたさとし・ルポライター)
10月31日、51年前のこの日は、狭山事件で一審死刑だった石川一雄さん(当時35歳)の東京高裁判決だった。無罪を信じていた支援者3万が日比谷公園に集まっていた。が、期待は裏切られ、寺尾正二裁判長の判決は有罪、無期懲役だった。
この日の暗黒裁判に抗議して毎年、東京で集会が開かれている。今年は芝公園だった。しかし、石川さんは3月、冤罪を晴らせないまま、誤嚥性肺炎で死去した。再審請求人として妻の早智子さんが壇上に立った。会場では『石川一雄 短歌に託して』(解放出版社刊)が販売された。
1939年、被差別部落に生まれ、貧しさのため小学校にさえろくに通えない非識字者。自分の名前を書くとき、「一夫」ですませていた。脅迫状でカネを奪おうと考えるなどあり得ない。文字が冤罪の根源 だった。文字に復讐するように獄中で看守から字を学び、当時同じ階で行き来していた死刑囚から短歌の指導を受けた。
「教育の機会奪われ過去の吾(われ)生死を賭して獄で学ばむ」
小学校2年から畑で野菜を作り4年の頃から父親の農作業を手伝い登校しなかった。
「蜘蛛(くも)の巣に蝶(ちょう)思はせる葉のからみ風に揺られて夜は更け渡る」。
死刑囚と蝶の運命。と見たが、枯葉だった。その頃の怒り。
「無実をば叫び続けて3年をこの憤り誰に伝えん」
●731部隊(日本の国家犯罪!!)
「天皇の責任」追及!!
731部隊の罪業を追って!!№10
731部隊の罪業を追って!!№11
731部隊の罪業を追って!!№12
「731部隊」に挑んだ20年 歴史の真相と被害者の実像を追って
「731部隊」に挑んだ20年 歴史の真相と被害者の実像を追って~上海交通大学・楊彦君教授に聞く(前編)21:15:17 2025-12-25
■1)『731:医学の陥落』 人体実験被害者に捧げる本
ハルビン・侵華日軍731部隊跡地(2025年2月 写真:CFP)
――『731:医学の陥落』は、どのような思いで執筆されたのですか。
この本は、先行研究に新たな考察を加え、整理したものです。731部隊による医学犯罪が組織的・体系的に行われたものであり、軍・学・官・産が結びついた国家犯罪であったという特徴を明らかにしています。
執筆にあたっては、フィールドワークを基礎に、数万ページに及ぶ英語・日本語の資料を調査し、遺族など関係者への聞き取りを重ねました。それは彼らにつらい記憶を思い出させる行為でもありましたが、同時に人体実験の被害者たちの名誉を回復する取り組みでもありました。
裁かれなかった731部隊 「負の遺産」は未来に何を伝えるのか
731部隊罪証陳列館見学に並ぶ長蛇の列(中国・ハルビン)一日1万人以上の来場者
731部隊の反省など全然しない東大の権威体質・人権意識の低さは変わってはいない!!
銀座のクラブ、吉原の風俗店など接待30回 東大大学院教授を収賄容疑で逮捕
東大病院皮膚科長だった大学院教授らの収賄事件 病院長が辞任
東大総長が汚職事件で謝罪「信頼損ねる」 高額接待など新たな倫理違反22件も発覚
「東大研究室で“エステ接待”」東大前総長・五神真氏(68)
日本心臓病学会創設理事長が告発!!
続発する手術死、医療事故隠蔽
坂本二哉(元東京大学健康管理センター教授・日本心臓病学会創設理事長)
医師東大OBの“殺人”
患者に対して「お前、貴様」
駆け出しの医師だった私には何の発言権もなく、それまでは医療事故を見てもなす術がなかった。だが、私はこの時初めてその医師に噛みつき、即刻担当をしていた消化器検査係を罷免された。一方、その医師は後に別の大学の教授になった。
また入退院掛の医師は、入院患者が死亡すると、医局の黒板に「〇〇号室〇×(患者の氏名)“上がり”と書いた。死亡ではなく「上がり」。むろん、「一丁上がり」の意味で物扱い。私は何度も抗議をした。
元731部隊員清水英男さんの訪中が意味するもの
元731部隊員清水英男さんの記者会見
731部隊元少年隊員・清水英男さん、ハルビンでの24時間
【ライブニュースルーム】旧陸軍軍医学校跡地での人骨発見を中心
飯田市平和祈念館問題
2025年3月20日に飯田市の飯田市平和祈念館に寄りました。下の写真のパネルは市教委が昨年9月に新たに作成したパネル。もう少し、詳しいパネルがほしい!!なんで日本は医学者が中心となって細菌兵器の開発に突き進んだのか?
この国の隠蔽体質を破ろう!!飯田市平和祈念館は、パネル8枚を展示すべきだ!!
「飯田市平和祈念館を考える会」代表挨拶
飯田市の資料収集委員の方々が作られたパネル(展示されていない)
こんな大事なパネルが展示されていないとは!!
細菌戦の専門家で滋賀医科大学名誉教授の西山勝夫氏は最近、新華社通信に対し、新たに発見された文書「華北防疫給水部1855部隊残存人員名簿」のスキャンコピーを見せた。これはその表紙である。(写真提供:新華社通信)
【新華社北京12月12日】旧日本軍の細菌戦部隊と言えば、中国東北部の「731部隊」がよく知られているが、北京にも同様の組織が存在していた――。その実像を裏付ける新資料を、日本の細菌戦研究者、西山勝夫氏(滋賀医科大学名誉教授)がこのほど発見した。
西山氏が公開した「北支那防疫給水部甲第一八五五部隊 留守名簿」は、第2次世界大戦中の1945年2月28日に作成されたもので、すでに見つかっている終戦後の1945年8月29日の留守名簿(部隊所属の将兵らの情報を記載した名簿)とは異なる。「今回発見した名簿には、業務管理規則が明記されており、いくつかの班の名称や責任者の氏名もはっきりと記載されている。きわめて貴重な史料だ」と西山氏は語った
名簿の最初のページを開くと、「北支那防疫給水部支部出張所一覧表」が現れる。右上には「軍事極秘」の印章が鮮明に押されている。表には本部が北京に置かれ、石門(石家荘)、済南など五つの支部と、天津、塘沽(とうこ)、青島など七つの派出機関、さらに確山と壤城(じょうじょう)の二つの分遣班が設けられていたことが記されている。それぞれの責任者の氏名や軍の階級などの情報もそろっている。
北京に存在したというこの知られざる部隊の実態は何だったのか。どのように細菌戦を実行し、華北一帯の人々にいかなる被害をもたらしたのか。次々に湧き出る疑問を解くため、記者は旧日本軍が中国で犯した罪の証拠をたどる調査へと乗り出した。
中国、ソ連作成の旧日本軍731部隊尋問記録を公開
中央公文書館は、日本の731部隊が犯した犯罪に関する一連のファイルを公開した。
https://www.saac.gov.cn/daj/toutiao/202512/b28169c3ebed473e9399f79a64b0893f.shtml
【新華社北京12月13日】中国の中央檔案館(公文書館)は第12回南京大虐殺犠牲者国家公祭日(追悼日)に当たる13日、旧日本軍の細菌戦部隊として知られる「731部隊」について旧ソ連が作成した尋問記録の機密解除文書を公開した。ロシアから引き渡されたもので、一部の記録は今回が初公開となる。戦犯らは、国際条約違反や細菌戦の準備・実行に関する自らの罪を認めている。
文書には731部隊隊員の尋問記録、同部隊の犯罪に関する調査報告書、旧ソ連の公的機関による内部通信文書が含まれており、対象期間は1939年5月11日から1950年12月25日までに及ぶ。
旧日本軍の細菌戦戦犯を裁いた1949年12月のハバロフスク裁判の公文書が主体で、裁判前、裁判中、裁判後の三つの時期にまたがる。裁判前に行われた取り調べ過程は今回初めて明らかになり、731部隊の犯罪に関わった人物が200人以上いたことが分かった。中心的な戦犯や証人に対する重点的な証拠収集の後、最終的に戦犯12人を特定して公開裁判を実施した。
専門家によると、ロシアから引き渡されたこれらの文書は、中国にある731部隊の跡地の状況や同部隊の犯罪に関する公文書と互いに支え合っている。日本の中国における細菌戦の罪状は、揺るぎない歴史的証拠によってはっきりと裏付けられ、細菌戦が組織的で、周到な計画に基づき、上意下達で遂行された体系的な国家犯罪であったことが改めて証明された。文書は証拠の全面性によっても際立っており、裁判を受けた犯罪者は旧日本軍の上級・中級・下級将校から隊員にまで及ぶ。旧ソ連の医学、微生物学、寄生虫学などの分野を代表する専門家による医学鑑定記録も含まれ、日本人の細菌研究の目的が、細菌を用いた人類の大量殺りくであったとの結論が出され、人道に反するその本質を暴き出している。
日本の関東軍は1945年8月11~15日、複数の特別列車を走らせ、優先的な通行を指示した。731部隊のメンバーはこの列車に乗って黒竜江省のハルビンを出発し、吉林省の通化や遼寧省の安東(現在の丹東市)、朝鮮半島の釜山を経て、船で日本に逃亡した。敗戦後、旧日本軍は関連する資料を破棄し、その罪行と歴史の真相を意図的に隠ぺいした。
日本本土でも残虐な捕虜殺害があった。!!
撃墜B29搭乗員虐待事件 落ちてきた“鬼”を校庭で…「戦争は人間を変えちゃう」負の歴史の証言
知られざる旧日本軍の“細菌戦”部隊…東南アジアに展開 「感染症予防」の裏で繰り返さた“ペ
スト菌ノミ”実験 関与した軍医たちの戦後は…【news23】|TBS NEWS DIG
「桜の華 風化させてはならない歴史」は4回の短い動画です。
CCTVでアップした動画。
風化させては ならない歴史 第1回
風化させては ならない歴史 第2回
風化させてはならない歴史 第3回
風化させてはならない歴史 第4回
私は731部隊員だった
731部隊の関する情報を送ります。
ある中国の方から、731部隊の写真が送られてきました。
ギガファイル便で送ります。(たくさんの写真がありますのでダウンロードには時間がかかると思います)
https://42.gigafile.nu/0204-169ecabaa6894af03c762bad604e96db
中国の方からのメール
これは私が長年にわたって収集した731部隊に関する写真及び実物資料です。先生方とこれらの資料を共有したいと思っており、どなたでも無料でどのような場面でも使用でき、これらの資料は永遠に無料で提供されます。使用する際には、事前に私の許可を取る必要はございませんので、直接ご使用いただけます。
より多くの方にこれらの資料を見ていただければ幸いです。
長年にわたってご努力をされている先生方に、心から感謝申し上げます。先生方は正しく、勇敢に一段の歴史を再現してくださいました。中国国民は先生方一人ひとりの勤勉な努力に感謝しています。
もしこれらの資料が先生方に少しでも役立てれば、私の大変な光栄とさせていただきます。
添付ファイルは以下の通りです。
1、關東軍哈爾濱衛戍病院(哈爾浜第1陸軍病院) 旧731部隊元隊員 岩本三郎のアルバム。
2、加茂部隊 写真機携帯許可証 第二八号
ノモンハン細菌戦 加茂部隊 写真
赤ちゃん解剖の写真
3、陸軍軍醫学校レントゲン科 アルバム
4、哈爾濱衛戍病院東寧など 103枚
よろしくお願いいたします。ありがとうございます。
哈爾浜衛戍病院、東寧など(この人達は、中国で何をやっていたのか?)
ある人の軍隊手帳
(勅語が多い!!)
勅語 大正3年11月3日下賜
朕惟(おも)うに国防の完備は汝在郷軍人に待つものまことに多し。汝ら戮力(りくりょく)協心陸海一致して益々軍人精神を鍛錬し軍事能力を増進し郷に在りては忠良なる臣民と為り軍に従いては国家の干城と為り以てその本分を尽さんことを期せよ
昭和13(1938)年の軍医団雑誌より
写真の左側にある看板には「第33分科 軍陣医学部会」とある。細菌戦、毒ガス戦の分科会だろうか?上にある丸型の枠には、会長小泉陸軍軍医団長と高杉海軍軍医会長の写真。細菌戦を主導したのは、石井四郎ではなく、天皇も含め、軍の上層部だ。
開会の辞を述べる会長小泉陸軍軍医団長と閉会の辞を述べる高杉海軍軍医会長
第10回日本医学会軍陣医学部会に於いてドイツ国来賓を迎えて記念撮影
10月8日の西山勝夫さんの資料
731部隊と医の倫理」に画期的な言及をした日本医学会-創立120周年記念シンポジウム及び『未来への提言』刊行の意義と課題
西山勝夫
「戦争と医の倫理」の検証を進める会
連続学習会(オンライン・第4回)
2025年10月8日
※日本医学会は、原発事故についてどのような判断をしているのだろうか?
原発推進だ!!
天皇、皇族が731部隊に関与していたことになれば、自民党政府は躍起となって隠蔽するだろう!!
731部隊の資料はないのではなく、明らかに隠蔽している!!
日本医学会は、731部隊の反省し、きちんと過去を検証せよ!!
様々なワクチン禍、水俣、四日市、イタイイタイ病、スモン、薬害エイズ、強制不妊、ハンセン病の隔離と施設内での実験、優生保護法(1996年)、放射線障害
「戦争と医の倫理」に関する画期的な言及に至る画期的プロセス
「戦争と医の倫理」に関する画期的な言及の確定
『未来への提言』 p72
2023年3月
わが国も、これまで医学・医療の名において、人々に大きな犠牲を強いた過去を持つ。
戦時中に石井機関と731部隊で中国人やロシア人等を対象とした非人道的な人体実験が広範に行われ、この研究には当時の日本の医学界をリードしていた大学教授たちが多く参加していた事実がある。その後も、ハンセン病患者に対する強制隔離 や優性手術を行った事件や薬剤エイズ事件等の重大な事例、さらには「旧優生保護法」に象徴される生命倫理原則や基本的人権、インフォームド・コンセントの蹂躙が起こった。私たちは、こうした過去の過ちに学び、将来にわたって非倫理的な状況が再び起こることのないよう、私たち自身の倫理を確固たるものとし、時には流れに抗うことも医学に携わる者の責務であることを改めて認識する。
日本医学会は、医学・医療の進歩が、患者と社会の理解および信頼と合意を得て、社会の基本的価値と倫理規範に合致した形で提供されるよう、不断の努力を払うことを決意し、現在そして未来の医学・医療が、患者と人々に大きな幸福と福祉をもたらすことを希求する。
【国会質問徹底検証!】731部隊をめぐる新事実/2025年4月24日外交防衛委員会
医療倫理・研究倫理の深化
731部隊と日本医学会―「未来への提言」を踏まえて―
自衛隊「統合作戦司令部」発足 陸海空自衛隊を一元的に指揮
【コラム】石破内閣は「七三一部隊」の実態の検証を
戦後の動き
日本政府は、なぜ歴史的事実ときちんと向き合わない??
4月22日防衛省戦史資料室に元731部隊の池田苗夫の書いた「きい弾射撃による皮膚傷害・・・・」を閲覧しに行った。現物はあったが、写真を撮ろうとすると、この資料は業者じゃないと写真が撮れないという(つまり有料)、又肝心な袋とじの部分は公開しないとのことであった。この国は、731部隊の大事な資料もまともに公開できない後ろ向きな国だと思った。
石破首相は、「(略)その手立てと言うものが歴史の経過とともに失われた。・・・わが政府はそのような不誠実な政府ではございません。」と強弁しているが、手立てがあるのにそれを隠し続けている「不誠実な政府」なのである!!
井本日誌は、公文書(業務日誌)であって、私文書ではない!!
井本日誌は1993年まで公開されていたのに、なぜその後、非公開になったのか?プライベートのものだからと言うが、そのような理由はおかしい!!
私的なものではない!!
井本日誌には、きちんと常徳の細菌戦の様子などが書かれている!!
戦史叢書には、井本日誌からの引用が多数あるが、井本日誌にある細菌戦の記述は全くないのはなぜか?
731部隊の人体実験「資料ない」はウソ 公文書を示し追及
(山添議員のフェイスブックより)
予算委員会で旧日本軍731部隊について質問しました。
政府は戦後一貫して、「具体的な活動を示す資料がない」と言い張ってきましたが、今回防衛省防衛研究所に人体実験の記録があることを明らかにしました。
「き弾射撃による皮膚傷害並びに一般臨床的症状観察」と題する資料は、イペリットという致死性のガスを人に向けて発射したり水溶液を飲ませたりし、その後の症状の経過を観察したもの。1984年に毎日新聞がスクープしたのと同じ内容ですが、政府が保管していたという点が新しい。
作成者は当時731部隊にいたことがわかっています。本人が寄贈したものであり、受け入れた際の「所見」には「人を使用して行った試験の成績であり、得がたい貴重なもの」とまで書かれています。人体実験の記録であることは一目瞭然ですが、答弁に立った防衛大臣は公文書であることを認めながら「客観的な事実を確認できない」と逃げの姿勢。どこまでも事実を認めようとしません。
政府に寄贈されたのは1964年。防衛研究所が文書を公開したのは2004年であることを初めて明かしました。40年にわたり隠してきたことになります。そしてその間国会では、「資料がない」とウソを言い続けてきたことになります。そうして長らく隠ぺいした挙げ句に、「古い話で確認できない」ーーあまりに不誠実です。
隠ぺいし、ウソをついてきたと指摘すると、ムキになった石破首相が「わが国はそんな国ではない」と強弁。
私たちの国の拭いがたい過ちです。戦後80年、これ以上目を背け続けるべきではありません。
真摯に検証し、事実を認めよ。




















