韓国への準備でバタバタ。日中、電話でやりとりしたのですが、昨日は最高気温がマイナス6度今日は少し暖かくてマイナス3度だそうだ。げげでも軽井沢の山小屋冬は寒過ぎて滞在不可の温度もそのくらいか。以前、もはや宿敵ではない、よきパートナーだみたいなことを日記に書いた。彼らは昔は日本を手本にボクが初めて韓国に行ったのは90年代始めのことだった。当時は、なんだか砂っぽい黄砂というか街、それに男性は野暮ったいファッション、女性はチョコレート色のリップと目の周りがパンダみたいなメイクで、うんと唸ってしまったのがすごく強い印象。またデパートの中で日本語を喋ると、一斉にまわりから視線を浴びた。また往復のKE機内がキムチのがきくてと正直あまりよい印象がなかった。2度目は97年。この時は、相方と。ャEルから、水原という今は世界遺産とカルビとLGの街で知られるへ鉄道で行った。社内に兵役の休暇で里へ帰省する若者が結刻謔チていたなあ。丁度、IMF危機に近い時分で、駅前で、労働者の座り込みデモをやっていて、なんとハサミで髪をザクザク切って訴えるという現場に遭遇した。3度目は、当時の出張で勤務先の韓国法人行ったのが2000年。IMF危機から上昇に転じ始めた時で、とにかく輸出で外貨をという国を挙げての機運を肌で感じた。4回目が2003年だったかこの時、相方の韓国人の大学の後輩にアックジョンドンというオシャレなエリアに連れて行ってもらったのだが、急速に人々のファッションが磨かれてきてるなと感じた。また少しライフスタイルに余裕が出てきているなと感じた。滞在時、頂き物のびとんのセーターを着ていたのだが、ファスナーのタグが落ちちゃって閉まらなくなった。Lの路面店に行き、似たセーターがあったので、困っているのでスペアがあれば、タグだけ売ってくれないかと尋ねた。するとアャVエイトは、ャtァに案内してくれ、面倒がらずにカタログで品番を調べ、在庫を調べてくれた。アジア市場で、韓国勢に連敗と、昨年は媒体で報じられていたのも記憶に新しい。一言でいうと売り方がウマいは高品質だけど、クールじゃない。高価なだけだよ。ボクはTHAIでこの言葉を聴いてグさっと来たドライブ中に歌を口ずさみ、携帯もスマートに使いこなしていたなぁLGの携帯を。胡坐をかいて、ローカル向けのを怠ったツケが来た今。海外でウケル、売れる商品、頑張って作ってほしいなぁ。アジアの若者がドライブ中に歌を口ずさみ、携帯もスマートにこれは一昨年2009年のLG電子の携帯のCMから
最近やたらめったら使われている言葉不謹慎もうこうなってくると一体何が不謹慎じゃなくて何が不謹慎なのかわからなくなってきた。一体何をどうしたら不謹慎なんだそもそも不謹慎てなんなんだ。わからない。誰か教えて下さい。そもそも人間は生きているだけで不謹慎じゃないのかそんなバカげたことすら思い始めてきた。もう難しい理屈も、ボランティア精神も、他人を思いやる、気遣いも、どうでもいい。もうお腹いっぱいや。誰か何でもいいから納得のいく説明をしてくれ。その場の雰囲気に流された言葉で満ち溢れていて気分が悪い。吐き気がする。みんな同じ。助け合おうとか、不確定な何かできることを探してる。なんやねん、なんやねんよ、それ。何かできることありませんか、やなんて私が教えて欲しいわ。困ってるときこそ助け合いて普段はそんなこと思ってもないくせに。何時だって人間は困りながら生きてるよ。今に始まったことちがうやろ。それこそいおきても不思議じゃないどこにでもある不幸じゃないのか何時自分に降りかかってもおかしくないからこそ必要以上に思いやらなくたっていいんじゃないのか運が悪かったで片付けちゃいけないのか。ビル工事の落下物に当たって死んだりする通行人には運が悪かったで片付けるくせに。誰も責められないっていうくせに、少しでも世間とズレた意見を言うと不謹慎、不謹慎、不謹慎、不謹慎。もうウンザリだよ。なんやねん。不謹慎て何や言ってるや教えてくれ。不謹慎て何やねん。もうヤケクモノなるわ。もうわからん。何にもわからん。これを最後にもう被災関係の記事は日記には書きません。善悪関係なく包み隠さない自分の気持ちを書いてますが、もう限界。コミュニティーも入るだけ入りましたが私みたいな糞がやれることは一切ないようなので退会しておきます。精神的に参りました。荒れに荒れた。を通して支援を続ける方たち。頑張って下さい。
人間、正直であることが一番かと思いますが。 かといって、なんでもかんでも正直である必要はないと思います。 私の男友達の彼女が、その男友達に「私はアレルギーがあるから、色々食生活とか諸々気遣わなきゃいけないことが多いの。」と話したことがあったそうです。 彼は「その気持ちを百パーセント理解するのは、垂オ訳ないけど出来ない。 ただ、身内にアレルギーを持っている人がいるから気持ちはなんとなくは分かる。」と言ったそうなんですが・・・。 彼にとってみたら、「正直に包み隠さず言うのが誠実さ」だと思って言ったのでしょうが。「その気持ちを百パーセント理解するのは、垂オ訳ないけど出来ない」 ↑これ、ぶっちゃけ言う必要ないのでは?と思うんですね。 気持ちを百パーセント分からないなんて、先刻承知。 分かっていることでもあえて言われることで、「出来ないんだからね!」と「念押し」されているように感じられてしまう。 結果、意図せず暗~~~い雰囲気になっちゃった。 みたいなこと、あると思うのです(・ω・) 自分の気持ちや考えを正直に言うことは、間違いじゃないです。 ただ男性は、ともかくの「正確に言おう」とすることに傾倒してしまう人って多い気がします。 そして、女性が求めているのは「正確さ」じゃないってことが往々にしてあるような(笑) 友達カップルの例で言えば「私はアレルギーがあるから、色々食生活とか諸々気遣わなきゃいけないことが多いの。」といわれた時「そうか・・・大変なんだね。 出来るフォローはしていくよ!」と言ってくれるだけで、ほっと安心出来る。 そんな程度の回答を求めて言ったに過ぎないんじゃないか、と思うのですね(-ω-)「大変だね」という労いだったり、「分かった、出来る限り○○するね」という今後における対応への理解だったり。「分かる分かる」という共感だったり、「うんうん」とただ受け留めてくれることだったり。 そういった「感情面でのフォロー」を求めている女性って多いと思うのです。 勿論感情面でのフォロー「だけ」ではないでしょうが、その要素がけっこうな幅を占めているんじゃないかと。 しかし男性の中には、物事を「正確に言うこと」に意識が向きすぎて。 その女性が何を求めて言葉を紡いだのか、その背後にあるものを「察する」ということをあまり考えてない。 ように、(私は)感じるのです。 勿論人によりますけどね(・ω・) 話がちょっとすっ飛ぶようですが。 男性にありがちな傾向として、「客観的な事実を言おうとする」ってのがあるなと。 例えばです。 女性が「(貴方にとって)浮気ってどこからだと思う?」と質問したとすると、かなりの確率で「ん~それは人によるからなんとも言えないよね。」みたいな回答する方が多いなと思うんですね。 つまり「貴方にとって」と明確に言わないとそれが「誰にとって」の質問なのか分らない。 分らないのはいいですが、かと言って「それは俺自身の考えを聞いている? それとも一般論を聞いている?」って確認することなくとりあえず、「客観的事実」を述べるだけで終わってしまう。「客観的事実」なんてこっちも分かっているし、そんなこと誰も聞いちゃいないし(ノシ-ω-)「あ な た の 考 え」を聞いているって「空 気 か ら 分 か っ て よ!」と、女性側に思わせてしまう。 そんなすれ違いを感じたカップルは、きっと恐らく世に多いと思いますが(笑) これもある意味、「物事は正確に言おう」と考える気質によるものじゃないかと思うんです。 正直さとはすこしベクトルが違う話ですが、根っこで繋がっている話ではないかと。 とはいえ、私はどちらかというと男性よりでして。 なんとな~く推察出来る部分はあるものの、「感情面でのフォロー」で一体どんなフォローを求めているのか。 女性の「言葉」があまりに「抽象的」に過ぎて、分からないこととかありますσ(´ω`) 男性側からしたら、「私、Aなの。」といわれたから「そうか、Aなのか。」とか「いや、それはAではなくBだ。」とシンプルに返して立派に「会話」が成り立つと思ってしまうんじゃないかと。 その言葉の背後に「(色々紆余曲折があった上でたどり着いた結論だから気遣いの言葉を言ってもらいたい)Aなの。」みたいな七面倒臭い気持ちが潜んでいるなんて、気づけって方が難しいんじゃないかなと思うんですね(-ω-)フ 難しいですが、「傾向と対策」を知ることで飛躍的に洞察力を向上させることは可狽ナす。 ただし推察迫ヘの向上は、意識して努力しないと出来ません。 なので、男性は「正直に正確に言うこと」も大切なんですが。 それより、なるべく女性の言葉が何を求めているものなのかを見る「洞察力」を磨くこと。 女性は極力自分が何を求めて発言しているのかを、「分りやすく伝える」こと。 各々がそういった「努力」をすることが、必要なんじゃないかと思うんですね。「正直さ」は、確かに重要なんですが。 正直さの「在り方」にも、配慮すべきなんじゃないかなと思う次第ですσ(・ω・)