文化祭週間になりましてございます。なにやら模擬店をやるらしいのですが、加えてAKB48やらスマイレージやらを踊るらしいのです。うぬぬぬ、アイドル呼ばれる方と韓国の方はわたしの範囲外でございまして。非常に肩身の狭い思いで過ごす日々。みんながみんな、同じものが好きだなんて思ってほしくないな。全員の顔が同じに見える。うはあ、老化だ。はてさて、どうしたらいいか。まあ「心の磨耗によって支えられている」という鈴木先生の言葉を胸に、流していこう。

バンプのツアーにセンセイは行くらしい。チケットが取れたらの話みたいだけど、なんとかして絶対行くからとおっしゃっていました。いやいや、あなた教師だろうが(笑)平日とぶつかったらどうすんだ(笑)しかもこっちはセンターとかぶってるんだよ(笑)わたしの全統模試の自己採点の結果を見たらしく「良くもなく、悪くもないよ」と。要は、もっと頑張ってみろよ、ふん、とのこと。ちくせう。文化祭のとき、センセイは来るかな。というかバンドはやるのか。はぐらかしやがって。ふん!










▼言葉に、どうしてか、とても惹かれました。ワタシも受験生です、頑張りましょうね

えへへ、ありがとうございます。他の人を惹きつけるような、そんな人になりたいものですね。受験がんばりましょうね。ふぁいとぉ!










きっと、わたしは人を傷をつけている。自分だけが正しい、などということは絶対にない。「心の摩耗によって支えられている」それぞれがそれぞれ、傷つけ、傷つけられ、自分を保っている。傷ついたことを表現することは間接的に相手を攻撃して、逆に怒りの対象になる。でも、それはただ単純に美学や信念の問題であって、吐露することは生理的なものに近い。負の感情は理性から一番遠いものだから。わたしはわたしの美徳にそぐわないから、簡単に他人を卑下したり、不平を口に出す人間は視界に入れないようにする。「きもい」とか「うざい」という言葉を一人で堂々と口に出来る人間なんていないでしょう。誰か、自分の味方がそばにいなければ使えない言葉。癪に障る。まあ、ね、あなたの美徳なんか知らないですよ、てね。

「何も感じなくなったら、人間ってどうなるんだろうね。悲しみを感じなくなったら、楽、なのかな。でも、俺はきっと、感情は捨てないと思う」彼は自分を弱い人間だと言った。彼はわたしを強い人間だと言った。わたしは彼を優しい人間だと思った。わたしはわたしを冷たい人間だと思った。