病気を治す力よりも、病気の力を信じる人が多いのは何故だろう

本文:
よく言われる。

死ぬのは駄目だと。

それは逃げることであると。

問題は、何故死にたいと思ってしまうのかだと思う。

こんな人がいると色々な例を出してくる。

ほとんどは、共通点がなさ過ぎて参考になはならない。

例えば、女の生き方が男の私には全く参考にはならない。

続いて多いのは、

こんなに不幸で、逆境に堪えた人もいるという話し。

だからと言って、私が逆境に堪えてまで生きていく理由にはならない。

問題は、何故死にたいと思うのか?だ。

幸せなら死にたいとは考えないだろう。

人生が楽しくて充実していれば死にたいとは考えないだろう。

どうすれば幸せを感じれるか、楽しくなるか、面白くなるか、気持ちよく生きれるかを

本気で考えて、思考錯誤しまくって、追求する人がいないのは何故だろう?

中途半端な人ほど人に意見する。

本当に幸せな人は、今の私とは関わりたく無いんだろうな。

混乱と知識のひけらかし

本文:
神は手にあまる試練は与えない

人は生まれる前に親を選んでくる

ある程度の人生を決めて生まれてくる

この世は修業場であり、何を学び何を体験するかに意味がある

人の記憶はただのデータである

HDDではなくチューナーである

魂に終わりはない

物理的な身体がなくなっても永遠に続く

本当の世界はあの世であり、この世はあの世と呼ばれる世界のほんの一部にしか過ぎない

過去世も未来世もあり、今までに幾度となく輪廻転生を繰り返し、今後も繰り返すか地球で人間として生まれ変わる(体験する)ことをやめることもできる

人間としては三次元としてしか認識出来ないけれど四次元以降も過去も未来もパラレルワールドも同時に起きている

物理的世界以外では相対的や相反するものがないので時間も空間も距離も五感も意味を成さない

まぁいろいろ考え方はあるけれど、これらの考え方を採用するならば今の人生なんて学校や会社を辞める程度のことに過ぎないと思う。

だからこそ、やれるだけやってみようと思うか

ドラクエのように面倒なアイテム集めなどをして、時には全滅したり、時には遠回りをしたり、時には時間を無駄にしているような感じがしても経験値稼ぎをするように、そして結局最後はボスを倒してハッピーエンドを迎えるように、

今何故こんなことが起きているのかはわからないけれど、何かしら意味があり、そこから学んだことがこの先に起こる人生に繋がっていくと思いながら生きるか、

一度あの世に戻り、もう少し易しい人生を選びなおすか。

どちらを選ぶのかについて、猶予を決めたところがある。
もう消したけど、その時に以前はどんなブログ(このブログのこと)書かれていたのですか?と聞かれたことがある。

CuteでPopな内容ですと答えておいた。

間違えてはいないと思う。