2009/11/21 03:22
愛を得る事が出来ずに育つと、

いくつになっても、

体だけ大きくなり、

大人と言われるようになっても愛を求めてしまう。

誰もが、幼い時は、無条件に愛情を注がれる時期があります。

試験でいい点とったからではなく、

家事を手伝うからでも、

労働をするからでもなく、

ただその場にいるだけで愛される時期が。

普通は、小学生低学年ぐらいまでは

ただその場にいる事を認めてくれて、

親や周りの大人から愛情だけを注がれます。

私はものごころのついた時には、

本来、一番愛情を注いでくれる筈の親に何度も殺されそうになりました。

ストレスをぶつける対象にされてきました。

だから愛情不足で精神が全く満たされない。

今の年齢になっても、精神状態はあの頃のままとまっています。

よく、欲しければ与えなさいといいます。

友達が欲しければ、自分自身がいい友達に

恋人が欲しければ、自分自身が相手の求めるいい恋人に

愛されたければ愛するように…。

理屈では、わかっています。

ただ…、

人が生きていく上で

成長する過程で

最初に愛情を求めるのは間違えていないと思います。

愛を得る事が出来ずに育つと

愛情の土台がはっきりと構築されていないので、

まだまだ精神は不安定なままです。

普通は無条件で愛情を注がれて、ちょっとずつ、ちょっとずつ

責任というものが増えていきます。

愛情無しで責任だけを押し付けてくるのは、壊そうとしているとしか思えない。

愛情という土台がしっかりしていて、そこから成長して家を建てた人は、世間の荒波が来ても

友人、家族、恋人、という柱があるからもちこたえれる。

土台がしっかりしていないのに、無理矢理家を建てた人は

ちょっとした事で直ぐに崩れてしまう。

気に入らないのは、その土台は自分自身の努力でしょうか?

支える力が始めから無いのだから、

努力不足や甘えだと言うのは、壊そうとしているのと同じ事なので、まずは、どういった状態なのかを判断しないといけないなと思います。