さて、前回に引き続きお葬式の話
というか、自分が死ぬ時またはその前後について
それは本人または家族の宗教や死生観などによって、大きく異なると思う
本人が「自分の葬式には金をかけてほしくない」と思っていても、家族はそのように考えないこともある
最近では本人が遺書を残していて、自分のお葬式について詳しく明記している場合もあるという
話が変わって、わが家の息子たち
ちょっと自分の葬式について聞いてみた
私「ねぇ、あんたたちって、死んだら、どんなお葬式してほしい?」
中三息子「誰の? ママの?」
私「違う! あんたの!」
\(*`∧´)/
中三息子「そんなの、わかんねぇ」
私「あんたは?」(←四男に)
四男「えっとね・・・すっごくお金をかけてね、黄金でできた奈良の大仏ぐらいでっかいお墓を立ててほしい。そうしたら、みんな見に来るから」
(↑完全にふざけている・・・)
私、心の声「聞くんじゃなかった・・・」
(-。-;)
まあ、彼らにとってはあまりにも唐突すぎて、考えたこともない話題だったのだろう
ずっと前の話になるが、ホームスクールを運営していた頃、小学校高学年から中学のクラスで作文の授業をしたことがあった
作文のお題は「自分がもうすぐ死ぬとしたら、死ぬ前に何をしたいか」というものだった
5~6人の生徒の中には、まだ小学生の三男もいた
「金に糸目をつけない」から何を書いてもいいよと言った
子どもたちは多分、自分の好きなモノを買って、好きな場所に行ってなどと書くかなぁと思っていた
案の定、ほとんどの子どもたちは自分の好きな物を食べたり、今までずっとほしかった物を買ったり、行きたかった場所に行って遊んだりなどと書いてきた
すると三男だけがこう書いてきた・・・
「ボクは友だちと今まで遊びに行った場所に行って、写真をたくさん撮りたいです
できるだけたくさん写真を撮って、その後は自分の持ち物を記念に友だちにあげたいです・・・」
本当にビックリした
三男はどちらかというと吉本タイプ
いつもふざけていて、冗談ばかり言っているような子だったので(←今もだが)
こんな繊細で優しい部分があるとは思わなかった
やはり最後は心に残る思い出がほしいということだろうか
ちょっと話がズレてしまったが、こういう思い出がたくさん詰まったお葬式もいいのではないかと思う
そうすれば、相手の心の中でずっと生き続けることができる
そのためには今をしっかり生きなくちゃですけどね
子孫に美田残さず、残す田もなく