【昔から事故だらけの原発 1976年~の事故】
始まりは「即発臨界」制御不能な急激反応 一歩違えば汚染拡大
核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)東海事業所の臨界事故は、核分裂反応が極めて急激に進む「即発臨界」と呼ばれる現象から始まっていた可能性が高いことが13日、専門家のデータ分析で明らかになった。
即発臨界は、原子炉内で通常起きている臨界状態と違い、核分裂エネルギーが1000分の1秒単位という極めて短時間に放出され、人間による制御は不可能とされる。
ある専門家は「より危険な即発臨界まで起きてしまったのがショックだ。今回は幸い沈殿槽や配管に破損はなかったが、場合によっては壊れていた可能性もあり、試験棟や環境への汚染がさらに拡大した恐れもあった」と指摘している。
事故原因の究明や実態把握を目指している原子力安全委員会の事故調査委員会(委員長、吉川弘之・日本学術会議会長)もこうした事実に注目、さらに詳しく調べて事故の実像を明らかにしたい考えだ。
核分裂が連鎖的に起きる臨界には、連鎖反応が一気に進む即発臨界と、通常の原子炉内での反応のように放出エネルギーの増減が緩やかな「遅発臨界」の2種類がある。
原爆の核爆発は即発臨界で起きるが、今回の事故では、放出されたエネルギーの量も反応の速度も原爆とは比べものにならないほど小さかった。
専門家によると、即発臨界が起きていたことを示す大きな根拠は、現場から約1.7キロ離れた日本原子力研究所那珂研究所のモニターがとらえた、環境中の中性子量のデータ。
臨界発生直後とみられる9月30日午前10時35分すぎ、中性子の値が突然、通常の数十倍にまで跳ね上がった。1分単位でまとめているデータを秒単位で詳しく分析した結果でも中性子量の伸びは急激で、即発臨界である可能性が極めて高いとされた。
今回、臨界を起こしたウランは溶液だったため、核分裂が一定程度進んだところで溶液が膨張するなどして即発臨界はストップしたとみられる。その後は、JCO社員による懸命の冷却水抜き作業が行われるまでの約17時間、遅発臨界が続いていたとみられている。
(共同通信 1999/10/14)